春風のイタズラ?









目の前で、栗色の髪が揺れた。
その見慣れた光景が、今日はやけに可愛く見えて。
だから、つい。
口から、滑りでた。
「好きだ」
……ざあ……!
俺の声と、春の風音とが重なった。
俺は、あわてて自分の口を片手で覆う。
迂闊だった。
人気のない街道だったから良かったものの、これが街のど真ん中だったりしたら、間
違いなくひやかしの対象だったろう。
もしそーなったりしたら、、照れたリナが、俺に攻撃呪文の雨を降らせるのは必至
だ。
………しっかし……聞こえた、かな?
「……なぁ、リナ」
俺は、無反応のまま前を歩く少女を呼んだ。
「ん?なに、ガウリイ?」
立ち止まって振り向く彼女の顔は、いつもと同じ、あどけない表情。
どうやら、風のおかげできこえなかったようである。
……ほっとしたよーな、がっかりしたよーな……
「……だから、なによ?」
痺れを切らしたのか、苛立ちまぎれにリナは言った。
「ん?ああ。
 …………忘れた。」
「だああああああああっ!このくらげっ!!!
 忘れるくらいの用件で、このあたしを呼びとめるんじゃないわよっ!」
そう言うと、再び前を向いて歩き始める少女。
怒っているのか、少しだけ歩調が速い。
「お、おい、待てよリナ!」
あわてて追いかける俺。
――その時。
ざあああああああっっ!
「うきゃあうっ!?」
春風が突風へと変わり、リナの身体のバランスを崩す!
「………チッ………!」
舌打ちを1つし、俺は腕をまっすぐに伸ばした。
その腕は、リナの身体を、彼女が地面にぶつかる直前で受けとめる。
ナイス俺の腕っ!
「大丈夫か!?」
「……あ……う、ん。大丈夫。
 ありがとう、ガウリイ」
俺の腕の中で微笑む少女。
うあ………めっちゃ可愛い………
ありがとう春風!今日のお前は最高だっ!
「あ、あの……ガウリイ?
 だから、だいじょーぶだから……」
「あ。わり……」
そう言って、リナを放そうとした、その瞬間。
ざああああああああっっっっ!!!!!!
「っきゃ……ぅぷぅっ!?」
さっきより一段と強くなった春風に、俺は腕に力をこめる。
やがて、それはおさまって――
「………っぷはぁっ!
 ちょっとガウリイ、苦しかったじゃない!なにすんのよっ!」
「いやだって……リナ、軽いから。
 飛ばされやしないかと思って、さ」
っかあああああああああっ!
俺の言葉に、リナは顔を赤く染めた。
「つっ……次の街に行くわよガウリイ!
 ほら、はやくっ!!」
顔を沸騰させたまま、ギクシャクと歩き出すリナ。
「あ、おい。待てよ。
 ………よっ、と」
ひょい。
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?
 ななななななっ!?何してんのよっ!?」
「何、って……
 ………リナのこと、抱き上げただけだぞ?」
そう。
今のリナは、俺の手によって、俗に言う『お姫様抱っこ』をされていた。
「さらりと言うなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 降ろしてよっ、今すぐ!」
「ダメ。また風がきたらどーするんだ?」
「またくるとは限らないでしょーが!
 恥ずかしいでしょ、降ろしてよぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「恥ずかしくないって、人気ないし」
「人気の問題じゃないぃぃぃぃっ!!
 それに、あんた道わかんの!?」
「へーきへーき。リナがいるし」
「笑顔で言うなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
 あたしはカーナビかっ!?」
「カーナビってなんだ?
 ………まぁいいや、とっとと行こうぜ、リナ♪」
「…………ああもぉなんでもいーからさっさと進めぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
「じゃ、出発♪」
今の状況に、単純に喜ぶ俺。
だから。
気付かなかった。
「………返事、してやろーかと思ったけどやめた………」
リナが俺の胸の中で、そう呟いていた事に―――

余談だが。
あの街道には、春専門の『風の精霊(ウィンディーネ)』がいるらしいことを、街で
聞いた。
その『風の精霊(ウィンディーネ)』が、イタズラと恋愛もののサ―ガが、とても好
きだと言う事も――

えんど。


この世界に、カーナビなんてないですよね……