死者達に掲ぐ鎮魂歌









あたし、リナ=インバースとガウリイが立ち寄った村は、静かな村だった。
あまりにも静かな村だった。
活気溢れていた気配を残させる、家々。
だけどそこにはもうそこに住んでいた者達の声はない。
そこは、壊滅した村だった。
石碑の建ち並ぶ村。
またく人気のない、まさに死した村。
大部分の家に魔法で焦げた…いや燃えた跡がある。
火炎球…ね…
あたしは原因の魔法を即座に悟った。
十分に殺傷能力を含んだ魔法だ。
これならばほとんどの魔道師が使いこなせる。
魔道師でなくとも、少し魔道をかじれば使えるようになるだろう。
「盗賊の…仕業みたいね。」
あたしは溜め息混じりに呟いた。
「昨日の夜、潰した奴ら…か?」
ガウリイが尋ねてくる。
「たぶん…ね…。あいつらの中に魔道士が一人いたでしょ?たぶん、コレはそいつの
仕業…」
「そっか……」
ガウリイが静かに黙祷を捧げる。
あたしも静かに黙祷を捧げた。

そして、今日中にこの村から次の村まで移動するのは無理だとわかり、あたしたちは
この村で一夜を過ごすことにした。

一番被害の少ない家を見つけて、あたしたちはそこに入った。
「じゃあ、おやすみ。あたしこっちの部屋で寝るから。」
「おう、じゃあおやすみ。」
いつもの通り挨拶を済ませて。あたしはその部屋に入る。
家具は灰をかぶって黒くなっていたが、掃除すれば眠れるだろう。
「誰が…住んでいたのかしらね。」
あたしはそう呟いて汚れた机を開けてみた。
そこには幸せそうに笑う見知らぬ家族の写真、アクセサリーなどが燃えずに残ってい
た。
どうやら、この部屋の持ち主はここの娘らしい。
この写真で見ると…十五…六歳…ね。
そして…

カサリ

「ん?」
紙だった。
数枚に束ねられた紙。
一枚目は…普通の手紙。

(これを読む方が誰かは存じません。ですが私ではないことは確かなことです。もう
向こうの方で盗賊の罵声や魔法の爆発音が聞こえておりますので、きっとそれが近づ
いてくる頃にはもう私の命はないでしょう。私には盗賊達に抗う力はありません。そ
こでこれを読む方にお願いしたいのですが……)

大人びた口調で淡々と書かれている手紙の「お願い」を見て、あたしは静かに立ち上
がった。
そして手紙を持ってこの廃墟を出る。

(私の夢は作曲家になることでした。)

あたしは目的の場所に辿り着く。

(でもきっともうそれは無理なことなので、私の作った曲だけでも残しておきたいと
思います。だからあなたにお願いがあります。)

「ここ、ね…」

(手紙と一緒に束ねてある私の曲をピアノで弾いてやってください。ピアノは村の中
央のホールにありますので…)

あたしは中にあった大きなピアノに手紙を…楽譜を置き、鍵盤を叩いてみる。

ぴん♪

ピアノの音が、静かな村のホールに哀しく響いた。

(勝手で厚かましいとは思いますが、よろしくお願い致します。FROM……)

差出人の名は、かすれて読めなかった。それが無性に寂しかった。
あたしは、ピアノを弾き始めた、手紙の主が残した楽譜通りに。
いい曲だった。寂しさの中からかすかな希望が湧いてきて…それでいてすごく…優し
い。
「リナ!」
横からかけられる声。
「ガウリイ…」
あたしは曲を中断して、ガウリイに笑いかけた。
「イキナリいなくなるから…心配した。…何してるんだ?」
「ピアノ弾いてるの。…盗賊達に襲われた人が…残して逝った曲みたい…」
手紙を渡す。
ガウリイはそれに目を通し…あたしの頭をくしゃりと撫でた。
「優しいな、お前さんは。」
「手向けになるなら…これぐらいわね…。あたしもピアノは弾けるし。」
「俺も、聴いていいか?」
「いいわよ。よく、聴いてあげて。」
あたしは再度ピアノを弾きはじめた。
優しくも物悲しくて、それでも勇気が出てくる…そんな旋律。
あたしはそうして手紙と共に束ねてあった楽譜の曲を弾き終わった。
「いい曲…だな。」
「本当に……いい曲過ぎて…残念よ…これを創った人の名前すらわからないなんて…
ね。生きてたら…すごくいい作曲家になってたかも、なのにね。」
「題名は?何て言うのかわかるか?」
「『死者達に掲ぐ鎮魂歌』…皮肉よね。残した曲が、自分への鎮魂歌、何てさ。」
「……………。」
「死ぬって…どういうことなんだろうね。」
夢も希望も…全部無にかえしてしまう、死。
時には愛ですら引き裂いてしまう、死。
なんなんだろう。死っていうのは。
ミリーナや…ルークは…そしてこの曲を創った人は…どんな気持ちで逝ったのだろ
う。
あたしはどういう気持ちで逝くんだろう。
「死んだら、違う世界にいっちゃうだけなのかな。それとも、消えちゃうのかな。」
昔あたしは、限りあるから生きるっていいんだって言ったけど。
でも今は不安でいっぱいだった。
ガウリイが先に逝ったら?
あたしはどうなるんだろう。
「俺は、違う世界にいっちゃうだけ…だと思いたいな。それの方が、安心できるし…
また、いつか逢えるって思うから…」
ガウリイが優しく頭を撫でる。
「そ…だよね。」
あたしは不器用に笑った。
「願わくば…向こうの世界で幸せであるように。」
あたしはそう呟いて、故人が創った鎮魂歌を弾き続けた。

〜〜おわり〜〜