幾千の夜を越えて









―――カタン

真夜中、泊まっていた宿の隣室で響いた物音で、俺は目が覚めた。

「リナ…?」

俺は物音がした部屋の主の名前を呼び、気配を探る。
盗賊いじめが趣味の彼女はしばしば俺に黙って出て行くことがあるからだ。
だが、気配は…動かない?
俺はベッドからゆっくりと体を起こし、彼女の部屋の前に行く。

コンコン

静かにドアを叩く、が反応がない。
気のせいか、と思って踵を返した俺の背中から何か声が聞こえた。

すすり泣くような、そんな声。

「!?」

俺は頭が真っ白になってバンッとドアを蹴破る。

「リナ!!!」

ドアから入ったランプの揺らめく光が暗闇をぼんやりと照らし出す。
彼女はベッドから身を起こしていた…が、明らかに普段と様子が違う。

小刻みに震える身体を抱きしめる彼女の細い腕。
恐怖をたたえた虚ろな瞳。
そして…頬につたう涙。

「おい!リナ!!???」

俺は即座に駆けより彼女の身体を揺さぶる。

「……や……」

彼女が何かを呟く。
そして俺の腕にしがみつく。

「やだ……いや……」

何かにすがるように、許しを乞う様に、彼女は俺の腕にしがみついていた。
焦点があっていない虚ろな瞳で涙を流す。

「……かないで………いかない…で……」
「リナ…!」

俺は彼女の身体を抱きしめる。

「…いかな…ぃでっ…お願っ……やっ…ひとりに…しないでぇ…っ………!」

あのリナが脅えている。
悪夢に、孤独に脅えている。
その身体はいつもの記憶よりもずっと小さく思えて、消えてしまうんじゃないかと思
えて抱きしめる力を強くする。

「いるから…俺はずっとここに、いるから………!」
「…………ほ…んと……?」

かすれた声で…しかし安堵が混じった声で聞いてくる彼女に俺は優しく答えた。

「ああ、すっと、傍にいるよ…だから、もう寝ろ。」

彼女の瞳から恐怖が消える。

「……………ん…………」

くた…っと彼女の身体から力が抜けた。
俺は、彼女を起こさないようにゆっくりとベッドに戻しながら泣き腫らした目をして
眠っている少女を眺めた。
そして、自分の不甲斐なさを後悔する。

最近、彼女にとって辛い事件があった。
昔の仲間を殺めるという、悲しすぎる事件。
彼女なら平気だと思っていたわけじゃない。
彼女はあの後、はじめて俺に涙を見せたのだから。

でも彼女なら、あれで、あの涙で全て乗り越えれる、そうたかをくくっていたのは事
実だった。

いや、いつもは普段通りに振舞っている。
だが、時折悪夢というカタチでそれは、その時の傷は、抉り出される。
それを失念していた。

いくら、強くてもリナは女の子なんだ。
そう改めて思わざるを得ない。

彼女の自称保護者と名乗っているのなら、気づかなければならなかったのだ、もっと
早く…!

「リナ…」

そっと呼びかける。
小さな肩に優しく触れる。
普段はもっと大きく感じられる彼女は、今日は小さく見えた。
俺は髪を撫で、呪文のように唱えた。

「今度泣く時は…嬉しい時にしてくれよ…」

傲慢だってわかっている。
彼女の不安に気がつけなかった自分が言う資格なんてないってわかっているけど。
でも、これは願いだから。
どうか叶って…
俺はそう、心の中で呟いた。


**********************


ふと気がつくと、朝だった。
どうやらベッドによりかかってそのまま寝てしまったようだ。

「う…ん……?」

俺はのっそり身を起こす。
その頭上から大声が響いた。

「うん…?じゃないわよこのくらげぇ〜〜〜〜〜!!!!」

めごっ

「って――――――!!!」

近くにあった椅子で頭を殴られて俺は頭を押さえる。

「何すんだよりなッ!」
「それはこっちの台詞ぢゃぁぁぁぁ!!なぁんであんたがあたしの部屋でねてんのよ
!!!???しかもドアの鍵壊れてるしっ!!!!」

真っ赤な顔で叫ぶ彼女をまじまじと見て。
そして周りを見まわして俺は言う。

「をお!ここリナの部屋か?」

リナの額に青筋が浮かび。
ぷちっ
何かが切れる音が響いた。

「乙女の寝室に無断で侵入した罪は重いわよガウリイ〜〜〜〜…覚悟はい・い・わ・
ね?」「ま、まてリナ!」
「問答無用…爆裂陣!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

ずどぉおおおおおおんっ

「けほけほっ…少しは手加減しろよな…」

俺は壁際に座り込んで、煙や埃にむせながら抗議する。

「してるわよ、そうじゃないとあんたもっと黒焦げになってるわよ。」

ふんっと顔を背ける彼女。

「………それとガウリイっ!」
「なんだ?」
「昨日は…ありがと…。」

忘れているものだとばかり思っていた俺は、一瞬目を見開いて彼女をみた。
彼女の背けた顔が耳まで真っ赤になっている。
その様子に俺はふっと笑った。

「どういたしまして。」

小さな身体から溢れる力と自信に輝く瞳。
いつも通りの彼女の様子に俺はほっとする。

器用に生きていけないが故に戦い続ける彼女。
悪夢にうなされながら傷ついていく彼女。

でも、それでも。


幾千の夜を越えて、それを乗り越えられればそれは誇れる強さになるだろう。


「さぁ、ごはん食べに行くわよっ!」

その強さを支えていきたい。
目を閉じずに前を見つめる君と、同じ景色を共有して。
気負い立つ君を、支えていきたい。

「ああ…行くか!」

出会った頃と同じように、いつも輝いている君がいいから。



                         END