GRAY









「…………!!!」

声にならない悲鳴を上げて。
俺、ガウリイ=ガブリエフは、がばっとベッドがら乱暴に身を起こした。
そして、慌てて横の部屋の気配をうかがう。
どうやら、今のは聞こえていなかったらしい。
ふぅ…と疲れた溜め息が出た。


最近よく、夢を見る。
決まって、悪夢を。


びっしょりと脂汗をかいた額を拭う。
汗のせいで頬や首などに金髪がはりついている。


思い出しても、吐き気がするような。
そんな不快な昔の夢を。


最初は幼い時の、光の剣をめぐる家督争い。
その次はそのせいで兄弟の死んでいく様。
そのまた次はそこから逃げ出した弱い自分。
そして今日は傭兵時代の汚い自分。


思い出したくもない過去が、悪夢という形で鮮明に映し出される。
連れの少女、リナと一緒に旅して、封印しようとした過去が、ゆっくりと掘り返され
る。

「うっ……」

思わずこみ上げた激情に、嘔吐しかける…
が、いくらなんでもこんな夜中に物音でもたてようものなら隣の部屋に泊まっている
敏感な少女を起こしてしまう。
俺は精神力で吐き出しかけたそれを抑えこみ、ベッドに突っ伏した。

最近ほとんど、毎夜だ。
この苦しみを味わっているのは。


リナに気取られないようにはしているが、目の下のクマも、もうそろそろ目立ってく
るころだろう。

それでも、イヤだった。
正直に悪夢にうなされたから、といっても、夢の内容を聞かれるに違いない。
俺にはその真っ直ぐな瞳に尋ねられて、嘘をつける自信はない。


だが、それでも。

リナには、今の俺…のほほんとした、限りなく白い仮面だけを、見せていればいい。
昔の俺…どす黒い素顔なんて、見せなくていい。
いや、見せたくないんだ。
見せて、軽蔑されたくなんか、ないんだ。
だから……俺は……

俺は、いつのまにかまた、浅い眠りの世界へと誘われていた。
夢を見てしまう、浅い眠りに。


今度の夢は、過去ではなかった。
どこまでも、どこまでも灰色の世界。


(ここは、どこだ?)

俺は辺りを見まわす。
誰もいない、孤独な場所・・・・

ぐにゃり

突然奇怪な音がして目の前の灰色が歪む。
そうして出てきた黒い、黒い影がゆっくりと形を成していく。


「お前は……!」
「ヤット、思イ出シテクレタンダナ。ガウリイ=ガブリエフ。」


冷たく青い瞳。
血で汚れた鮮やかな金髪。
口元には嘲るような残忍な笑みが浮かんでいる。

どくん

心臓の音が大きく響く。

昔の、「俺」だ……


俺は口の中に苦いものが広がるのを感じた。

「ドウシタ?昔ノ自分ニ会ウノハソンナニ苦痛カ?」


嘲るように聞いてくる。

「どうして…どうして眠っていなかったんだ!!!」


睨みつけて怒鳴る俺に、さも心外と言わんばかりに笑って答える「俺」。

「ドウシテ眠ッテイル必要ガアルンダ?」
「リナを、脅えさせないためだ…!」
「ソノ為ニソノ不似合ナ白イ仮面ヲツケテルノカ?」


俺の手の中に、白い仮面があるのに気がついて、それを握り締める。

「そうだ、俺はあの子を脅えさせたくないし、壊したくもない。その為になら、仮面
だってつける!どんなことだって堪えてみせる!!!」


叫んだ俺を、「俺」は嘲笑った。

「ククク…ハハハハッ」
「何がおかしいんだ!!」
「ヨクソンナ嘘ガ言エルナ。」

嘲りが含まれたその言葉に、俺は激昂する。

「嘘なんかじゃないッッ!!!」
「何ヲイッテルンダ?」


「俺」はゆっくりと俺に近づいて、俺の手の中にあった仮面を取り、見せる。

「オ前ノゴ自慢ノ仮面ハコンナニヒビ割レテイルノニ?」


白い仮面は、今すぐ壊れそうなほどに、ひび割れていた。

「―――――――!!!!」
「イクラ白イ仮面ヲカブッテモ、オ前ハ黒イモノダ。反発シアウニ決マッテイル。ソ
シテ仮面トソノ下ノ素顔、勝ルモノハドッチカ…ワカッテイルダロウ?」
「うるさい!!!」
「今ハ仮面ノオカゲデ灰色ノオ前、ダガイツカハ黒ニ染マルンダヨ。オ前ハイクラ白
イ仮面ヲカブッテモ、所詮ハ黒イモノナンダヨ!!」


「うるさいうるさいうるさいっっ!!!黙れ―――――――!!!!!」

俺は狂ったように絶叫した。


「―――――……あ……」

そして、俺は目を覚ます。
薄暗い部屋。
ぼんやりとした弱い光がさしこんでくる。
朝だ。
そう思ってほっとする。
だがまだ、朝早く、誰も起きていない時間だろう。
俺は、夢のせいで、ズキズキと痛む頭を押さえた。


今ハ仮面ノオカゲデ灰色ノオ前、ダガイツカハ黒ニ染マルンダヨ。オ前ハイクラ白イ
仮面ヲカブッテモ、所詮ハ黒イモノナンダヨ!!


今は灰色の俺。
ボロボロの白い仮面。
いつか素顔の黒が現れる。

「わかってるよ・・・・・・」

わかってるよ、そんなことは…
リナへの思いを殺せない時から、わかってたよ。


白い仮面は、護りたいから。
黒い素顔は、欲しているから。


その矛盾が生まれた時から、白にはなれないってわかっていた。
今は、均衡を保ってる相反する黒と白。
だから今の俺は灰色。

それが、時を重ねるごとに黒が大きくなってる、そんなこと知ってるよ。
だから、どうか願いは一つだけ。







どうか、素顔の俺が少女を壊さないことを―――








              END