誤 解 |
「さよなら。 もうあんたと一緒にはいられない」 短い手紙だけを残し、リナは俺の前から姿を消した。 いつもの旅、いつも通りの日常。 何よりそれを大切に思うと同時に、その居心地の良い関係にゆっくりと不満が降り積もっていた、そんなある日だった。 朝になり、なかなか出てこないリナの様子を見に部屋に向かった俺を待っていたのは。 空の部屋と、一人分の宿の代金。 そして、短い別れの手紙だけだった。 理由が分からず、慌てて宿を出る。 リナがいなくなる理由がどうしても分からない。別にケンカしたわけでもないし、最近は盗賊いぢめだって俺同伴という条件付で許可している。 リナがいつ宿を出たのか。油断していた自分に腹が立った。 以前はこっそり宿を抜け出して盗賊いぢめに向かうリナを掴まえるために、常にアンテナを張り巡らせていたのに。ここ最近警戒を緩めてしまっていたのが敗因と言えた。 とにかく、リナを見つけださなければ。 すべては、それからだ。 ***** 森の中を一人きりで歩く。 いつもあたしの少し後ろを歩いていた、自称保護者は……いない。 「はぁ……」 今日何度目か分からない溜め息をついて、あたしは歩いていた。 「知らなかったな……あいつに、好きな相手、いたなんて……」 ずっと一緒にいたのに。 ガウリイは、そんな素振り一度だってあたしに見せなかった。 「言ってくれれば、あたしさっさと別れたのにさ……」 斬妖剣が見つかった時。一緒にいるのに理由なんていらないって、言った。 いつまで保護者してるのって聞いたら、一生か?って答えた。 それだけの、事。 「そーよねー……そうなのよね……」 ちゃんと考えたら、そんな事あるわけないのに。 ガウリイに、そういう相手が居ないわけないのに。 あたしが子供だと思ったから……一緒にいただけ。ただ……それだけ。 「言わなくて……良かった、な……」 あの時。 「あたしが好きなのは、ガウリイだよ」って。 ***** あちこち聞き込みして。それで分かったのはリナが街を出たのはかなり前、まだ暗いうちだという事だけだった。 こうなったら、目撃証言は当てにならない。 リナを求める俺の勘……それを頼りにするしかない。 でもまだ分からない事がある。リナが姿を消した、その理由だ。 夕べは二人で趣味の良い酒場で少しだけ飲んだんだっけ。リナも少しだけ飲めるようになって、時々一緒に飲めるようになったばかりだった。 アルコールが入ると、雪みたいなリナの肌がほんのり桜色に染まって滅茶苦茶可愛くなるんだよなぁ…… そういえば、昨日はリナと何を話したんだっけ…… ……「あんたと旅を始めた頃は、こんな風に飲むようになるまで一緒にいるなんて思いもしなかったわ」 ……「そうかぁ?」 ……「そうよ」 ……「ねぇ、ガウリイ」 ……「ん?」 ……「あんたは、さ。故郷とかにいないの?待ってる人」 ……「さあ……もう忘れたな」 ……「くらげ」 ……「ガウリイ」 ……「ん?」 ……「好きな相手って、いた?」 ……「あぁ。今も……いる」 ……「ふぅーん……」 本当はあの時「それはリナだ」って言いたかった。けど、いくら何でも酒場で、しかも他の奴が見ている前で告白はしたくなかった。 理由は……リナが恥ずかしがるから。 はっきり言って、最近特にリナは綺麗になった。町を歩けば、その辺の男共が振り返ってリナを見ていた。 そいつらに牽制をかけながら、内心俺は焦っていた。このまま保護者だなんて言っていたら、誰かにリナを攫って行かれそうで。 それならさっさと告白してしまえばいいのだが、何しろ相手はリナだ。下手に告白したら恥ずかしいという理由で逃げ出しかねない。それに、はれて恋人同士になれた曉には、やはりキスくらいしたい。 その為には絶対条件がある。周囲に他人がいない事だ。 誰かの視線がある中で告白なんてしようものなら、照れ隠しで何されるか。ましてやキスなんてもってのほか。絶対許してくれない。 それに、酒場で告白しても、酔った勢いでの冗談ととられかねない。 だから、あの時言えなかった。 だけど、その分想いを視線にこめたんだが。 「俺が好きなのは、お前だよ」って。 ***** 「おう姉ちゃん。一人かい?」 「………………」 「この辺は治安が悪いからなぁ。俺達が送って行ってやるよ」 「………………」 「姉ちゃん?」 「五月蠅いのよあんたらは!メガ・ブランドォッ!!」 まとめてしつこく声をかけてきたオオカミ共を吹っ飛ばす。 治安を悪くしている当の本人達が何を言っているんだか。 ……人が落ち込んでいるってのに。 「変なのが出てくるから……思い出しちゃったじゃない……」 せっかく人が忘れようって頑張っているのに。 こんな森の中でああいった手合いの連中に出てこられたりしたら。嫌でも初めて出会った時の事を思い出してしまう。 忘れなきゃいけないのに。 「あぁもう!腹が立つ! こうなったら盗賊いぢめでもしないと気が収まらないわ!!」 あたしはさっそく実行に移ることにした。 ***** 俺がそれに気が付いたのは、森の中を抜ける街道に入ってすぐだった。 どうやら空から降ってきたらしい男がぴくぴくしている。 「これはひょっとすると……」 ちゅっどどおーーーんっ! 「お」 遙か前方で派手に土煙が上がっている。 「どうやら、うまく後を追えたみたいだな」 こんな派手に吹っ飛ばすやり方はあいつ以外にあり得ない。 「あいつのストレス発散法が、盗賊いぢめで助かったな」 苦笑と共に、俺は走り出した。 リナが盗賊いぢめのはしごを始める前に、掴まえなくちゃな。 ***** 「ふう………」 あらかた吹っ飛ばし終えて、あたしはお宝さんを持つとアジトを後にした。 ここに貯め込まれてたお宝さん、結構良い物がそろっていた。思わず物色に熱中してしまったので予定より随分時間を食ってしまった。 「さてと、急がないと日が暮れる前に次の町に着けないわね」 ストレス発散の為には盗賊がいた方がいいんだけど、野宿をするとなると話は別。こんな可愛い子が一人で野宿してたら、ああいった手合いの者がほっといてくれるわけがない。 そうでなくても、今日は何も考えずに眠りたい。 「といっても、この荷物じゃ翔風陣は無理だし……」 タリスマンを無くしたあたしには、魔力を増幅させる手段がない。 「そっか、魔力の増幅法も探さなくちゃいけなかったんだっけ」 ここ最近はあまりなかったけど、魔族に狙われる事が無くなった訳じゃ無いんだから。 増幅無しじゃ、神滅斬だって長い時間使えない。完全版の方の持続時間なんてそれこそ一瞬のようなものだろう。 呪文の詠唱時間だって必要だし……それに、もう頼れる相棒は……いない。 自分で何とかする方法を見つけないと…… 「とはいえ……結構キツイなぁ……」 「じゃあ、何で黙って出ていくんだ?」 一番聞きたくて、一番聞きたくなかった声。 弾かれたように振り返ったあたしの目の前に、むっとした顔のガウリイが立っていた。 「探したぞ、リナ」 ***** リナは大きな目を見開いて俺を見ていた。 リナの後ろ姿を見つけた瞬間、俺は思わず安堵の溜め息をついていた。 遠くから声をかけようとして、俺は気が付いた。 リナが、泣き出しそうな顔をしている事に。 見つけられた安堵と、黙って姿を消された事への苛立ちで、自然に俺の声も固くなっていた。 「何で、黙って出て行ったりしたんだ」 「黙ってじゃないわ。ちゃんと置き手紙したでしょ」 リナは俺を見ようとしない。 そのまま背を向けて歩き出そうとするところを掴まえ、無理に視線を合わせさせる。 「あれっぽっちで、俺が納得できると思ったのか」 「…………」 「リナ」 「………もうあたしの事はほっといて」 「なぜ」 リナは唇を噛んだまま答えようとしない。 「リナ」 「……あたしはもう、子供じゃない」 絞り出すようにリナは言った。 「あたしにだって、好きな人くらいいるわ。だから…… “保護者”のガウリイは、もういらないの」 ***** “保護者”のガウリイはいらない。 それは、あたしが言える精一杯だった。 あたしは、一人の男性として……ガウリイが、好き。 だから…… 誰か、好きな人がいるのに、“保護者”だという理由で傍に居て欲しくなんかない。 そんなの……みじめすぎるもの…… ***** 「好きな人がいる」 リナの言葉を、俺は一瞬理解できなかった。 俺はずっとリナの傍にいた。ずっとリナを見ていた。 俺以上にリナの近くにいた男なんていなかったはずだ。それとも…… 気が付かなかっただけなのか? 単なる自惚れだったのか? リナは、俺を見ていたんじゃなかったのか? まさか……好きな奴がゼロスだなんて言い出すんじゃないだろうな。もしそうだったりしたら……俺は…… リナを、殺してしまうかも知れない。 「誰だ」 自分でも信じられないくらい冷たい声が出た。 「誰がお前の心の中にいる」 「……なんで、そんな事答えなくちゃいけないのよ」 リナの声も固い。 「もういいでしょ。あんたも好きにすればいいのよ。もうあたしの事なんかほっといて」 俺の手を振り解き、リナが背を向ける。 いやだ。絶対に嫌だ。 他の奴に……リナを渡す事など、出来るわけがない! 「!?」 リナを捕らえ、無理矢理顔を上げさせる。 リナが声を上げようとしたその瞬間を狙い、俺は唇を奪った。 驚きのため開かれたままの口の中に侵入し、小さな舌を捕らえる。逃げようとする小さな身体を腕の中に閉じ込め、思う様貪る。 藻掻いていた身体から力が抜け、ぐったりと俺の腕に倒れ込む。それでも俺はリナを解放しなかった。 もっと深く、もっと深く。 リナの中から、俺以外の全てを閉め出すまで。 ***** 突然のキス。 太い腕に捕らえられたあたしに、逃れる術はなかった。 藻掻いても藻掻いても拘束が弱まることはなく、意識が飛ぶまでたいした時間はかからなかった。 ねぇガウリイ。 これはどういう意味のキスなの? あんたはなんであたしにキスしてるの? どうして……… ***** ゆっくりと離れても、リナは瞳を閉じたままぐったりとしていた。 名残惜しげに二人の唇を銀の糸が繋ぐ。 荒い息をつくリナを、俺はしっかりと抱きしめた。 「な……ん、で…………」 消え入りそうな、リナの声。 まだ焦点の定まらない瞳から、涙が零れ落ちた。 これでもう終わりかな……そんな考えが頭をよぎる。それでも、これだけは言っておかなくちゃいけない。 「俺は……俺はリナが好きだ」 ぴくりとリナが震えた。 「ずっとリナだけを見てた。リナだけを見つめてきたんだ。今更……他の男なんかに渡せるか!」 きつくリナを抱きしめる。 もしかしたら、リナに拒絶されるかも知れない。それでも、もう離す事など出来ない。 「………うそ」 「嘘なんかつくか。俺はリナが好きだ。リナだけを愛してる」 突然、強張っていたリナの身体から力が抜けた。 と思うと、肩が小刻みに震えている。 「リ、ナ?」 「ぷっ………くく………………」 笑って、る? 怒って……ない、のか? 無理矢理キスしたのに。 「もーーーダメ!我慢できない!」 そう言ってリナは本格的にお腹を抱え、笑い出した。俺としては、どう反応して良いものか分からず、ただリナの肩を掴んでいた。 「えっと………リナ?」 「何よそれ……バカみたい」 バカみたいって…… このリナの反応は、どう解釈したら良いんだ? 「あんたの好きな人って…あたしだった訳?」 「あぁ」 真面目に答えたらまた爆笑された。 告白したのに、涙まで流しながら爆笑されて、俺としては憮然とするより他にない。 「リナ」 「ごめん。でも…… あたし、本気で悩んだのに。何でこうなるんだろ」 「……リナ?」 「あのね。 ………あたしの好きな人って、あんたなの」 …………………………………… 固まった俺の前で、まだリナは笑い転げていた。 つまり……… 「俺達……二人そろって誤解してたって……そういう事なのか?」 「そーみたい」 俺は地面に座り込んだ。 なんてこった……… 「ぷ」 俺も吹き出した。 今まで頭の中で渦巻いていたものが。みんなきれいさっぱりどこかへ行ってしまって。 俺もリナも、ただひたすら笑い転げていた。 ***** ようやく笑いが収まったのは、かなり経ってからだった。 「あーーーもう、一年分ぐらい笑ったわ」 「まったく……お前さんが鈍感なのが悪いんだぞ」 「なぁに言ってるかな。あんただって全っ然気が付かなかったんじゃない。あたし一人に全責任押しつけないでよね」 「そうは言ってもなぁ、アメリアもゼルガディスも気が付いてたぞ?俺の気持ち」 「あたしだって、シルフィールにもアメリアにもゼルにも……って……」 あれ? 「つまり……」 「本人以外、みんな知ってたって……」 「そういう事……?」 …………………………………… あほらし。 「こういう事って……分かんないものなのね」 「だなぁ……で」 「で?」 首を傾げたら、ガウリイはにっこり笑った。 その笑顔が、なんとな〜〜くアヤシク見えて、あたしは思わず一歩下がってガウリイを見上げた。 「これで、はれて俺達恋人同士だな♪」 「///////!!」 硬直したら、ガウリイはいつものようにあたしの頭を撫でた。 「そろそろ行くか?いつまでもこんなとこに居ても仕方ないし」 「う、うん」 気のせいだったかな? 上機嫌であたしの手を握って歩き出したガウリイの顔をそっと盗み見る。 いつもだったら恥ずかしくて手なんか繋いで歩けないけど…… ちょっとだけ、嬉しいから。 今日だけ。今だけ。 このまま、繋いでいても良い……な…… ***** 俺の中の、小さな手。 いつもなら絶対許してくれないだろうけど。どうやら今回は大人しく握らせてくれるようだ。 ふふふ……… これでおおっぴらにリナは俺のだ!と宣言できる。 それにリナの唇の柔らかくて甘かったこと…… 絶対に放してなんかやらないから、覚悟しろよ? リナv END 作者の独り言 「あんたら、鈍すぎっ!!」 |