変化の兆し











「ルーナ。
 今日、フェリオくんが妹連れて帰ってくるって」
「………………へ?」
思いがけない予告に、ルーナは思わず間の抜けた声を出した。
そしてしばらく考え込むと、
「……ああ、フェリオか。そういやそんな生き物もいたっけ」
「酷い言い様ねぇ……」
「母さんの娘だからな、あたしは」
あきれるリナに、言い返すルーナ。
口達者なところは、誰がどう見ても母親譲りだった。
「結局、妹が生まれたのかー…
 この3年間、ちっとも音沙汰なかったもんなぁ」
読んでいた魔道書を閉じ、ルーナは呟く。
―――ルーナの弟・妹にあたる双子が生まれて3年。
彼女は驚くくらいのスピードで、次々と魔法を会得していっていた。
このままいくと、あと1年もすれば黒魔法は完全習得できるだろう。
むろん、習得しただけで満足するような子ではないが……
――そろそろ、旅に出すことも考えなくちゃね――
洗濯物をたたみながら、リナは胸中で呟いた。


「ままぁっ!たいへんなのぉっ!!」
走り寄り、リナの懐にぽふ、と抱きついたのは、金髪の少女だった。
艶やかな髪にはリナと同じようなクセがあり、紅い瞳は大粒の涙をぽろぽろとこぼし
ている。
「ど、どうしたの!?ミリー!?」
愛娘の訴えに、リナは思わず慌てた。
「あ…あのね、あのね…!
 ぱぱが……ぱぱが……」
震える声を押し出すミリー。
ガウリイは確か、庭で双子の片割れの、剣の稽古をつけているはずだが……
「ぱぱが……っ!
 ………リークに負けちゃったなのぉっ!うわーんっ!!」
言いおえると、ミリーはわぁっと泣き出した。
「……………えーっと……」
「…ようするに、3歳児に負けたわけか……あのくらげ親父は……」
情けなさを無限大に感じながら、ルーナは庭へと向かった。


「おいこら、起きろ。3歳児以下の剣の腕親父」
言いながらルーナは、放心状態でぱったりと倒れているガウリイの背中を踏んづけ
た。
「……いいんだもう……放っといてくれ……」
「放っとけるもんなら放っておくけどさ。
 でも、うちの庭で倒れてんのはやめろ。世間で良くない噂になったらどうしてくれ
る」
父親に対する敬いは、まったくもって消えうせていた。
横からじぃっと見つめてるのは、栗色の髪に青い瞳の、3歳にして父親を負かした少
年。
「ねーちゃん。とうさんにかっちゃった」
「あー、知ってる。
 ミリーがさっき、泣きながら叫んでた」
げしげしとガウリイの背中を蹴りながら、ルーナは弟に答える。
「……しっかし……
 生まれる前までは、『俺を超える息子が欲しい!』とか言ってたくせに……超えた
ら超えたで不満かよ」
「だって…まさか、3年で目的が達成されるとは思ってなかったし……」
そりゃそうだろう。3歳で父親に勝つ子供など、世界中捜したってそうそういないは
ずである。
「リーク、とりあえず母さんの所行って、お風呂入ってこい。
 その泥だらけの格好じゃ、家の中もろくに歩けねーぞ」
「はーい」
リークはおとなしく、家の中へとひっこんだ。
そしてしばし。
「………んで?
 3歳児に『わざと』負けたご気分はどーだ、父さん?」
「あんまし良くねぇな」
起き上がり、ぱんぱんと服の埃を払う父さん。
「…気づいてたんだな。俺がわざと負けたってことに」
「当たり前だ、そんなもん。
 父さんが本気でやったら、リークの首は0,3秒で吹っ飛んじまう。
 で、力加減して――
 自信をつけさせるためだかなんだかしんねーけど、わざと負けたんだろ?」
「まぁな。
 ところで……お前、いいのか?」
「は?何が??」
「アメリア達、迎えに行かなくて」
「なんであたしが、アメリアさん達迎えに行かなきゃいけねーんだ?」
「だって……3年もフェリオに会わなかったんだぞ?
 早く会いたい、とか思わないのか?」
「思わん」
即答するルーナ。
ガウリイは、はぁ、とため息をつくと、
「お前って奴は……
 をとめごころ、っつーのはないのか?」
「…………………はっ?」
「だぁかぁら。
 フェリオにときめいたりしないのか、ってことだ」
一瞬ルーナは、きょとんとし――


ぎゃーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!


……大爆笑。
「あ…あたしがフェリオにときめく!!あははははははは!!
 ないない、そんなの!ぜぇーったいにない!!」
ぶんぶかと手を振りながら言うルーナ。
「……それに」
笑うのをやめてルーナは言った。
「恋はもう、こりごりだ」
その表情は、どこか寂しそうだった――…





「るーなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
懐かしい声が、ルーナの耳に届いた。
遠くの向こうから走ってくるのは、銀髪に青い瞳の少年――フェリオ。
……むろん、ルーナの特殊な目だからこそ見えるものであり、普通の人間にはごく
ちっちゃい人影にしか見えないが。
「来たの?」
「ああ、来た」
リナの問いかけに答えるルーナ。
徐々に人影は増え、やがてはっきりと見えてきて―――
「……………………え…?」
ルーナは呆然とした。
「お久しぶりですぅ、リナさん!」
「久しぶり、アメリア!出産お疲れ様!!」
「よ、ゼル。大変らしいな、セイルーンも」
「まぁな」
大人達が、再会の会話を交わす中――
「……どうしたの、ルーナ?」
3年前と変わらぬ、フェリオの口調。
だが―――
「ふぇ…フェリオ……お前……」
震える声で、ルーナはフェリオを見上げながら言う。
――そう。『見上げながら』、である。
3年前は同じ身長だったのに――今は、フェリオの方がルーナより頭1つ分大きく
なっていた。
「ああ、そうなんですよ、ルーナちゃん。
 実はフェリオ、この3年でいきなり身長が伸びまして。
 まぁ成長期ですし、別に不都合もないんですけど…驚きました?」
アメリアの言葉に、素直にうなずくルーナ。
「おっきくなったでしょ、僕?」
無邪気にフェリオは言う。
よくよく聞くと、声も少し低くなっていた。
「それで、アメリア。
 生まれた妹はどうしたの?」
「あ、そうでしたそうでした。
 ごあいさつしなさい」
アメリアは、自分の影に隠れる少女を、無理矢理表へと出す。
艶のある黒髪に、碧色の瞳。その瞳の中には、弱々しい輝き。
「…ぁ……あの、……」
蚊の鳴くような声。やがて黙りこくって、再びアメリアの後ろへと隠れてしまう。
「…すいません。
 ちょっと、あまり人に慣れてなくて……」
「いいわよ別に。初対面だもんね。
 あ、うちのも紹介するわ」
ちょいちょい、と手招きすると、幼い双子は寄ってきた。
「はい、ごあいさつ」
「リーク=ガブリエフです」
「ミリー=ガブリエフなのっ♪」
「初めまして。アメリアです」
「ゼルガディスだ」
アメリアは、我が子をよいしょ、と抱き上げると、
「この子は――アイリス。
 アイリス=ウィラ=ワーズ=セイルーンです」
アイリスに代わって名前を告げる。
――だが、今のルーナには届いていなかった。
「……ごめん、母さん。
 ちょっと席外していいか?」
「あら。どうかした、ルーナ?」
「少し…な。
 それに今日は――カイルの……」
「あ…そうだったわね。
 じゃあ、気をつけて行って来てね」
「ん…」
――ルーナは静かに、姿を消した。



風が吹く丘の上。
そこには、ひっそりと佇む墓と、白いカサブランカの花束を持ったルーナがいた。
「……今年も、咲いたよ……アスカの家の、カサブランカ……」
慈しむように、そぉっと、花束を置く。
墓には、『Kail=Fioren』の文字が刻まれていた。
「……あのな。
 あたしんとこにさ、今日、昔里帰りした男友達が帰ってきたんだけど…」
そのまましゃがみこみ、墓に向かってはなしかける。
「そいつ…全然、変わってたんだ。
 背も伸びて……声も変わってて……なんか、別人みたいだった」
ざぁ…っと、風が答えるかのように吹く。
「…会う前に、父さんに言われたんだ。
 フェリオに…その男友達に、ときめかないのか、って。
 あたしは、そんなことあるわけないって思ってた。
 でも――今日、正直言って、一瞬…見とれた」
惹かれたんだ。あいつに。
「……こんな風に……自分の気持ちが変わるとは、思わなかった。
 そのくせあいつの仕草とかは、なんにも変わってなくて…余裕しゃくしゃくって感
じで……悔しい」
正直、惹かれてる。あいつに。
………でも。
「でも、恋は……恋とは、違う……違ってて欲しい。
 あたしはあんたとの恋で……学んだから…失う恐ろしさを。
 あんな思いは、もう絶対したくない。
 ……なぁ…なんで、あんたは…死んだんだ…?
 ………殺されたんだ?」
あんたがいれば、
こんな思いはしなくて済んだはずなのに―――
「…真面目なあんたのことだ……天国で言ってんだろーな。
 『俺のことは忘れて、幸せになれ』とかって。
 ……でも、ごめん。
 あんた無しじゃ……あたしは、幸せになれない……
 フェリオも、他の男も……あんたの代わりには、ならない…」
ルーナは、すくっ、と立ち上がると、
「――さて、そろそろ帰るわ。
 あんまり長居してると、皆が怪しむだろうし――な……」
ルーナは短い黙祷を捧げると、柔らかく微笑んで言った。
「じゃあな……カイル」
そして彼女は、この場を去った。








「――なるほどな――」
驚くほど静かな、声。
その声を発したのは、銀髪の男だった。
彼は、まっすぐに墓に歩み寄り――


―――ガッ!


そのまま足を、墓に突き立てる!
男はそのままの体制で、
「カイル=フィオレーン……
 …ったく、どこまでも邪魔してくれるなぁ?」
その顔には、残忍なまでの笑み。
「まさか…お前がまた、俺の障害になるとはな。
 はっきり言って、これは予想外だった」
もの言わぬ墓石は、男を黙って見つめつづける。
彼も墓石を――そして、その中に眠っているであろう1人の男を睨んでいた。
「だが、これもまだ許容範囲だ。
 これで勝利を確信されても困る。
 ――俺が生きて、お前が死んでいる以上、俺は完璧に有利だ」
男は墓石から足をどけると、
「天国とやらで、指をくわえて見てるがいい…」
そのままかがんで、先刻ルーナが供えたカサブランカの花束を握る。
―――そして―――
「俺が、ルーナを手に入れる瞬間を……な――」
―――そして、そのまま花束を握りつぶした。




――――――あと2年――――――
あと2年で、作られた宿命は終わるはずだった。




<おわり>


暴走もここまでくると、たいしたもんだと思いません?(爆)