90000Hit記念小説「追憶と残る謎」











………………誰……?






桜の木の下。
そこで少女は、1人の少年と出会った。




「……知ってる?
 桜の花びらは、本当は真っ白なんだよ」
「でも、ピンク色だよ…?」
少女は、自分より少し背の高い少年に問うた。
すると少年は、舞い落ちる花びらを手で受けとめながら、
「それは、桜の木の下に―――死体が埋まってるからなんだ。
 その血を吸った桜は、花びらが紅く染まってしまう」
「……桜の木の下に埋まってる人達は、苦しくないのか!?」
少女の言葉に、少年は興味深げに目を見開く。
そして、やがて目を細めると、少女と目線を合わせるため、しゃがみこんで口を開い
た。
「……やっぱり君は――」
――ざあぁぁぁぁっ……――
風が吹く。
花が舞い、その音によって少年の声が掻き消される。
「……あ……悪い。
 風のせいで…よく、聞こえな……」
「――だから、今日は――」
天使のようにも、悪魔のようにも見える笑みを浮かべ。
少年は言った。



「見逃してあげるよ」







なんだろう。
苦しい。
自分の、人とは少し異なる力を持った瞳がうずいてる。
―――――気づけ、と言わんばかりに…



「ルーナ?どうかした??」
「……へ?」
(……あれ、ここは……)
横からかかったフェリオの声に、ルーナははっと我に返った。
(……ああ、そうか)
今は、朝食の時間。
今朝見た夢を思い出したせいで、少しぼーっとしていたのだろう。
「悪い、なんでもない」
「え?でも、ルーナが朝食のときにぼーっとするなんて……」
「ほんとだよな。
 ルーナはおやつと魔法・剣の次に飯好きなのに……」
「……人を大食いみたいに言うな」
フェリオとガウリイのツッコミをいれてから、ルーナは再び考え込んだ。
――今朝見た夢。夢と言っても、単なる夢ではない。
昔、あの夢と同じことがあったのだ。もっとも、夢を見るまでは忘れ去っていた
が……
あれは誰なんだろう?
あの、桜の木の下で出会った少年は……?
顔はあんまり覚えていない。声だって、今頃声変わりが始まっているはずだから、あ
てにならない。
年はおそらく、自分より2,3歳上だろう。年下とは考えにくい。
髪の色は銀で、神官服を着てて……
………あれっ?
ふとルーナは、自分の横でご飯を食べているフェリオを見た。
――こいつも銀髪で、神官見習いだよなぁ…?
だがしかし、ルーナはその考えを一蹴した。
いくらなんでも、あのミステリアスな感の少年が、情けなさの塊とも言うべきフェリ
オであるわけがないと判断したのだ。
「ごちそーさまぁっ!」
やがて、ご飯を食べ終わったフェリオが、食器を流し台へと持っていく。
「あたしもごちそーさま」
そしてルーナも、フェリオと同じようにしてから自室に引き取った。


こんこん。
「ルーナぁ?
 あのね、僕だけど…具合でも悪いの?なんか、変だよ?」
ドアの向こうから、聞きなれた声がした。
「フェリオか?はいれよ、あいてるから」
ルーナが促すと、かちゃりと音を立て、フェリオが入ってきた。
そのまま、ぽすんとソファに座る。
ルーナも、今まで寝そべっていた姿勢を直し、ベッドの上に腰掛ける。
「大丈夫?ルーナ。
 顔色は悪くなさそうだけど、なんか変だよ…?」
「別に、平気だって。
 ただちょっと、昔の夢を見てな」
「むかしのゆめ?
 あ、あのね僕、昔ね、ヒーロー戦隊に入るのが夢だったの!!」
「……その夢じゃなくて、寝るときに見る夢だ。
 昔――あたしが5歳のときかな。
 母さんと買い物に来て、そのまんまはぐれちまったんだ。
 それで、あたしは適当に歩き回ってた。
 そしたら……桜の木の下で、1人の男と出会ったんだ」
「男…?」
「まぁ、男って言うより少年かな。
 あたしはそいつと、少し話をしたんだ」
「どんな?」
興味深々、といった表情で聞くフェリオ。
「……桜の木にまつわる、昔の迷信さ。
 まぁ、5歳のあたしは信じたけど」
「ふぅん……」
「でも、最後にそいつが言った言葉が、風のせいで聞こえなかったんだよなー。
 それがどうしても気になって……」
それに気になったのは、もう1つ。
――見逃してあげるよ――
あの言葉の真意は、なんなんだろう?
「……でもさぁ、だいじょーぶだよっ!気にしなくて!!
 そんな言葉でも――ルーナを傷つけるような言葉でも、僕が護ってあげるから!
!」
予想外の言葉に、一瞬きょとんとするルーナ。
そして、その後――大爆笑。
「あはははははははははははははははっ!!笑えるっ!
 お前があたしを護る…!?
 きゃはははははは!!あーおかしっ!!」
「……けっこう本気なんだけどなぁ……
 でも、ルーナが笑ってくれたなら、それでいいやっ♪」
ルーナは、笑いすぎて出てきた涙を拭うと、
「……はー……笑かしてくれるよなぁ……
 ………でも、ちったぁ気が楽になった。ありがとな」
「どういたしましてっ!
 じゃあ、僕行くね。元気になってくれて良かった♪」
「さんきゅ、フェリオ。感謝してる」
言ってルーナは、ウィンク1つ。
フェリオはそのまま、ルーナの部屋を出た。




「………思い出しちまったか…
 まぁ、いずれは思い出してもらう事になったろうけど……」
人気のない、ガブリエフ家の廊下。
ほとんど使うことのない廊下で、フェリオは1人、呟いていた。
「まさか、このタイミングで思い出すとは……間の悪い女だ……
 ………まぁいいか」
フェリオは、ルーナの前では絶対に出さないような鋭い笑みを浮かべると、
「どちらにしろ――
 お前が『俺』のものになるのは、あと5年ほど後……そう遠くない未来だから
な…」
その呟きを聞くものは、誰もいない。
誰も――…


<おわり>