宿った命は・・・?











「ぜぇーったい女の子よ、お・ん・な・の・こ!」
「いいやっ、男の子だっ!男の子に決まってる!!」
「……あたしは別にどーでもいい」
「えっとねぇ、僕はねぇ、ルーナがいればいいやっ♪」
――某月某日。
今日もガブリエフ家(というか主に夫婦)は、いまだ見ぬ子供について論争していた。
原因は、明日の定期検診で、子供の性別がわかるからである。
「あたしは女の子がいいのっ!
 可愛くて女の子らしくて、『ママv』なんて呼んでくれる娘が欲しいのよっ!!」
「……悪いけど、生まれてきたのが男でも、あたしは絶対『ママ』なんて呼ばねぇ」
「俺は男の子がいいんだっ!
 強くて剣も達者で、俺同等――いや、俺を越えてくれる息子が欲しいんだよっ!!」
「……悪いけど、生まれてきたのが女でも、あたしは絶対父さんは超えられねぇ」
「僕ねぇ、ルーナの子供欲しいっ♪」
「……その意味を正しく理解出来たとき、もっかい言えるもんなら言ってみろ」
リナ、ガウリイ、フェリオ。
それぞれのコメントに、ルーナが律儀に答えてゆく。
一部では、まったく話がかみあっていないが……
まぁ、とにかく。
今日もガブリエフ家は、おおむね平和なのだった。

「……なぁ、弟の方がいいよなぁ?ルーナは」
「どーでもいーよ、んなの。
 あたしにとっては、手のかかるちびが1人増えるだけだし」
夕食の支度の為にリナが戦陣を一時離脱した隙に、ガウリイはルーナに必死でアプローチしていた。
ルーナを味方につけたって、いまさら子供の性別なんて変えられないのだから意味がないと思うのだが、そんなことに気づくガウリイではない。
「フェリオはどう思う?
 生まれてくるの、どっちがいい?」
「んー……
 …………ルーナがいいv」
「……聞いた俺がバカだった」
「それは大正解だな、父さん」
ツッコミを入れてから、再び魔道書に目を落とすルーナ。一緒に横からフェリオが覗く。
これが、最近の2人の日常風景になっていた。
前は庭先で剣振りまわしている姿がよく見えたものだが……
やはりリナの娘、最近になって魔法に関心を示し始めてきていた。
「……ふーん……
 フェリオ、ちょっと実験に付き合え」
「ふぇ?」
「そこに立つだけでいーから」
「はぁーい」
言われた通り、ルーナの前に立つフェリオ。
ルーナは、魔道書を見ながらぶつぶつ呟くと、
「……『ブラム・ファング』」
「うどわぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
ざしゅっっ!!
間一髪、風の刃をかわすフェリオ。
「……ちっ」
「『ちっ』ってなに『ちっ』てっっ!!
 なんで残念がるのさぁ――っ!?」
「気にすんな。別に当たらなくて残念ってわけじゃねーから」
「はぁい」
一応なぜか納得して、フェリオは再びソファに腰かける。
「でも……いーのか?
 フェリオがかわしたもんだから、ほれ。
 壁に当たってるぞ」
「……………あ」
「ほんとだ」
ガウリイの言葉に、ルーナとフェリオが目をやると、そこには剣で斬ったかのような跡の出来た壁が。
「……母さん、怒るかなぁ」
「怒るかもな。
 こないだ壁紙張り替えたばっかだし」
「なんか都合のいい魔法、のってねーかなー……
 ……のってるわけねーか……」
「あ、僕、いい呪文知ってるよっ!」
「……へ?」
「呪文。
 前にじいが教えてくれたんだぁ♪」
得意そうにフェリオは言う。
「あのねあのね、悪い事したときは、
 『ごめんなさい』ってゆー呪文を唱えるの!
 そうしたら、あんまり怒られずにすんで……」
「あほかぁぁぁぁぁぁぁっ!
 そりゃ呪文じゃなくて謝罪だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「しゃざい?」
首をかしげるフェリオ。
その様子を見て、ルーナは一気に脱力した。
「……でもさぁ、素直に謝るってのはいい方法かもしれねーぜ?
 リナも鬼じゃないんだし」
言ったのは、いつも素直に謝ってはスリッパをくらっているガウリイ。
「っつってもなぁ……
 確かに謝るってのはいーかもしんねーけど……」
悩むルーナ。
だが数分後、彼女は母親に謝り倒さねばならなくなる。

「あ・ん・た・は〜〜〜〜〜〜〜っ!!
 いっくらアレンジしたって、『リザレクション』で壁の傷が直るわけないでしょっ!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい〜っ!!
 だから、その両手に持ったピーマンだけはよしてくれぇぇぇっ!」
そして、数分後。
予告通り、ルーナはリナに謝り倒していた。
なんのことはない。バレないうちに、呪文をアレンジした『リザレクション』で壁の傷を直そうとしたのだ。
が、しかし。アレンジはデタラメ、人間の治療用の魔法――んなもんで直るはずもなく
――それどころか、変な風に反応して傷がひどくなってしまった。
そこへリナが来て、事件(?)は発覚したのだが……
「まったく……
 別に壁ぐらい、直せば済むんだからちょっと殴るくらいで済ませるわよ。
 でも、こんな風に隠そうとするんだったら、それ相応のお仕置きは覚悟してもらわなきゃね〜?」
「う゛っ……」
お仕置き。
おそらく、ピーマンの炒め物かピーマンの肉詰めかピーマンの塩ゆでかピーマンの……(以下エンドレス)
恐ろしい『お仕置き』の数々を頭に浮かべ、顔を青ざめさせるルーナ。
「ふっ。ルーナ、あたしだって鬼じゃあないわ。
 あなたにチャンスをあげる。
 ……ルーナ、妹と弟どっちが欲しいっ!?」
「妹っ!!」
迷わずルーナは答えた。
「あああっ!リナ、それは反則だぁぁぁぁぁ!」
「んっんっんっんっ。
 これであたしの勝ちよーっ!!」
……何の勝負してたんだ……?
そう思うルーナだが、わざわざ突っ込みを入れて、ピーマン地獄に足を踏み入れるのは
ごめんである。
「ねぇねぇ、ルーナ。
 いもーと欲しいの?」
「ん?あ、いや、単なる話の流れだ。
 別にあたしはどーでもいいんだよ、んなこと」
「ふーん…」
勝利の余韻に浸るリナと、敗北に唇を噛み締めるガウリイ。
台所では、調理中だった魚が、ものの見事に焦げていた。

「リナさーん、リナ=ガブリエフさーん。
 診察室へどうぞー」
看護婦が、少し大きめの声でリナを呼ぶ。
「はい」
リナも返事をし、診察室へとはいっていく。
後ろには、緊張の面持ちをしたガウリイが。
「……って、ガウリイ。
 あんたは待合室で待ってなさいよ」
「いーやっ!俺も結果聞くっ!!」
だだっこのような口調。
盛大なため息をつくリナに、苦笑しながら女医師は言った。
「かまいませんよ。前のときもそうでしたからね、予想はしていました」
「……すいません。
 ガウリイ、叫び出したりしないでね。男だろうと女だろうと」
「………努力する」
わかった、と言いきれないあたりが悲しい。
リナは膨らんだお腹のため、背もたれのついたイスに。ガウリイは普通のイスに座り、
女医師の言葉を待った。
「……お体の調子はどうですか?
 今回は、前とは違って悪阻もそんなにひどくなかったようですけど……」
「あ、はい。
 なんか…前のときは動くのも億劫だったのに、今じゃ動いてないとかえってストレス
たまっちゃって……」
「……ほどほどにしておいてくださいね。主婦業は。
 それで、赤ちゃんの方ですけど……
 いたって経過は良好ですね。このまま順調にいけば、予定通りの出産日に産めるはずですわ」
「そうですか……ありがとうございます。
 で――あの、赤ちゃんの性別……って、今わかりますか?」
自分から切り出すリナ。
すると女医師は、にっこり微笑むと、
「そう言うだろうと思って、調べておきましたよ。
 赤ちゃん『達』は、うまく分かれましたねぇ。
 男の子と女の子ですよ」
「……………は?」
ガウリイが呆けた声を上げる。
リナは、予想外の言葉に頭が真っ白になっていた。
「あの……それって……」
「だから――
 男の子と女の子の、双子なんですよ。産まれてくる赤ちゃん達は」
――――むろん、ガウリイが歓喜の雄叫びを上げた事は言うまでもなかった。

「……あのさ。
 別に、どっちでも良かったんだ。ルーナの言ってたように」
ガブリエフ家。
昨日までは論争の場となっていたリビングも、今では夫婦の静かな会話の場となっている。
ちなみに、ソファに腰掛けたガウリイが、リナを膝に乗せて後ろから抱きしめる格好で、
である。
「男でも、女でも。
 健康で、元気があって……無事に産まれてきてくれれば、どっちでもいいんだよ。
 ……ルーナは、本気でどっちでもいいみたいだけど」
当のルーナは、フェリオとどこかへ遊びにでも行ったのか、姿が見えない。
「……あたしも。
 どっちでもいい。たとえどんな子でも、あたし達の子供には変わりないし、可愛いに決まってるんだから……
 でも、なんかついムキになっちゃって……ごめんね」
「俺も…ごめんな。
 ――でもまさか、双子とはなぁ……予想してなかったぜ。
 ほんと、都合良く分かれてくれたし……聞こえてたんじゃないか?俺らの言い争い」
「かもね。あたし達の子供だし」
くすくすくす、と笑うリナ。
知らず、ガウリイの顔にも笑みがこぼれ――
ふ、と。
2人の瞳が交錯する。
しかしそれは一瞬の事。
2人は互いに目を閉じ、唇を重ね――
るはずだった、その直前。
「はぁーい。続きは子供が産まれたあとでなー」
「でなー♪」
ぴしぃっ!
聞こえてきた声に、硬直するリナとガウリイ。
2人はすぐさま体を離すと、
「ちょ…ちょちょちょちょちょちょちょっとぉぉ〜っ!?
 どっから聞いてたのよぉぉぉ!?」
そう叫ぶリナの顔は、当たり前だが真っ赤。
「え?どっからって…最初からだよなぁ、フェリオ?」
「うんっ!
 ほわぁってなってたから、きっと『らぶらぶ』なんでしょ?だからルーナと一緒に、
『覗き見』してたの!!」
悪びれもせずいうルーナとフェリオ。
「るぅなぁ……
 お前、俺になんの恨みがあるんだよ……?こんな超いいムードのときに、なんで邪魔するんだよぉ……?」
「妊娠中にやると、お腹の赤ちゃんに悪影響を及ぼす。だから邪魔した。
 ついでに言うと、あたしは父さんに森に置き去りにされた恨みがある」
それを言われると、ガウリイは何も反論できなかった。
「で?赤ちゃん、双子だって?
……ったく、手のかかるちびが2人増えるのかよ……
 ………でもまぁ、良かったじゃん。……………お、おめでとう」
「おめでとーっ!!」
「ありがとう、2人とも。
 ……んで、悪いんだけど、ちょっと後ろむいててくれる?」
後半の言葉は、後ろでいじけてるガウリイには聞こえないよう、小声で言うリナ。
「へ?なんで……あ。
 …………………しょーがねぇなぁ……」
納得するルーナ。フェリオも、一応おとなしく後ろを向く。
「悪いわね、2人とも」
「別にぃ。
 いじけてる父さん、見てるとこっちまでイラついてくるから。早くなんとかしてくれよ」
「はいはい」
笑みを浮かべながら、リナはガウリイへと近づく。
「ガウリイ」
「ん〜」
落ち込みをそのまま表したような声で、ガウリイは返事をした。
暗い表情で、ガウリイが振り向き――

ちゅ。

「…………え…えぇぇぇぇええぇぇッ!?」
意外な出来事に、絶叫するガウリイ。
リナからキスしてくることなんて、ほとんどないからである。
「今日は…ここまで、ね」
顔を赤らめ、うつむきながらリナが言った。
これで、ガウリイの機嫌が一気に良くなったのは言わずもがな、である。
「もーいいわよ」
「はいはい…って……
 うわぁ……なんか、世の中の幸せを独り占めしたよーな表情してないか?父さん…」
「ふっ……今の俺は、世界で一番幸せな男だと思うぜ……♪」
「……目がどっか遠いところイッてやがる……」
豹変した父親に、わずかながらも退くルーナ。
「ふたご、かぁ……
 僕には、おとーとができるのかな、いもーとができるのかなぁ?」
「………そーいやぁ、お前んとこもそろそろ、わかる時期なんじゃねーか?
 いいのか、帰らなくて」
「いーの!
 何かあったらお迎えよこす、ってお父様ゆってたから!!」
「ふーん……ま、いいならいいけど」
アバウトにルーナは聞き流した。
「ぃよぉっし!!
 『特訓』再開!!行くぞフェリオ!!」
「えええええっ!?やるのぉぉぉぉぉお!?」
「とーぜんだっ!!ほれいくぞ!!」
「ふぇえぇぇえぇぇえぇぇええええぇぇぇぇんっ!!!」
ずりずりと、ルーナに引きずられながら、フェリオは庭へと消えた。
「………ねぇ、ガウリイ」
「ん?」
「あたし……幸せ、だわ」
「……そっか」

そして、再び微笑みあった――――――


<おわり>


……なんか、ありきたりな展開でしたね……
先読みできるし、これ……
…………あはははははははははは!(わらってごまかし)