君 次 第
ー浮遊ー










「あたしが魔道士協会に入学した時の初担当の教官は確かに優秀だったわ。
魔道の上達のうえで一番必要な能力は意志の管理(コントロール)であると断言し
た。
もちろん、魔力キャパの大小、つまり素質は重要だけど…。それ以上に精神力のコン
トロールを重要視していて『だから、女は魔道士に不向きだ』と言ったわ。『カオス
ワードを解析し、呪文を組み立てるには論理力も必要だから 尚更女魔道士は不利
だ』ともぬかしたわ!」
青空の下、彼女はそんな思い出話をまるで昨日のことのように憶えていて腹を立てて
いる。
「…で、なんかやったろ」オレはきいた。
「…よくわかったわね」リナは不敵に笑った。
「憶えたてのシャドウスナップで影を地面に縫いつけておいて野犬をけしかけてやっ
たわ」
「光(ライティング)で影を消せば、どうとでもなる程度の子供のかわいい悪戯よ」
涼しい顔をして言い抜ける。子供の悪戯にしちゃタチが悪い気もするが…、まぁリナ
だし。
「で、どうなったんだその教官は?」なんとなく展開は予想していたが。
「ふふっ、犬にゲチョンゲチョンにされたわ。お得意の冷静な男の精神力も形無し」
昔からそんな所はかわってないようだ。
「その後、協会に親を呼び出したんだけど、まー好いように母にあしらわれてね、以
後もうそんなバカな持論振り回さなくなったけど」
彼女はご機嫌でその話を締めくくった。
彼女によると「浮遊」は簡単な術だそうだ。さっきまでリナはオレにそれを体得させ
ようと頑張っていたが、オレがあんまり覚えが悪いので諦めて魔道談義を展開してい
る。

オレたちが山越えの途中で土砂降りに見舞われ、山小屋に飛び込んだのは昨日のこ
と。着ていた服はもちろん、持ち物はびしょ濡れになり、快晴の空の下で服が全部乾
くまでお互い毛布被って足止め状態だった。間が持たなかったのかリナはいきなり
「あん
たに初歩の魔法を教えてあげる」ときたのだが。オレは…、時間をつぶすなら別のモ
ノがよかったのだが。ま、彼女が嫌がるなら仕方ない。「君次第」ってやつだ。

「『浮遊』はね、呪文も短いしイメージコントロールが簡単なの」リナは続ける。
「イメージは人それぞれ違うとこがまた面白いの。ある研究肌の魔道士はね、ツェ
ツェ蝿の羽ばたきをイメージしてるって言うの。だからね、そいつの浮遊の術はブン
ブン振動するんだから傑作よね」ツェツェ蝿ってオレには何だか分からなかったが、
つられて笑った。
「あたしはね、今日みたいな青い空の色をイメージして“浮遊”を唱えるの」そう
いってリナは微笑んだ
「なぁ、ひとつ聞いていいか?」オレはリナに尋ねた。リナは笑いをスッと引っ込め
てオレを見た。「お馬鹿な質問はイヤよ」きっぱり言う。
「お前よーく『あたしの“浮遊”は馬車一台分軽く支える』って自慢してたが、馬車
を抱えて翔んだことでもあるのか?」リナはその場でずっこけた。毛布からちらりと
太ももが露になってオレはそっちの方に目が釘付けになったのは内緒のことだ。
「そんな馬鹿なことするわけないじゃないの! “浮遊”の発動時の魔動力が馬車1台
分だったってことっ!」リナは呆れたようにいう。
「いやー、前から不思議だったんだ」オレは積年の疑問が解けて嬉しくなった。
「じゃあ、抱える物によって飛ぶ力が変わるって事あるのか?」これも聞いてみたい
事だった。特に最近、オレ達の関係の変化のせいかもしれない…。
「うーん、そうね、あるかも…」リナは考えこんでいる。「アイツは大柄でけっこー
重かったけど、ガウリイは別に重いって感じたことないなぁ」
一体誰の事だぁあああ?の心中の声を隠し「アイツって?」とさりげなく訊いた。
「昔の知り合いの女魔道士」なぜかげんなりした顔でリナは答えた。それを聞いて
ホッとした。

木の間に渡したロープの上で干した衣類が風をはらんでハタハタと音を立てる。地面
の上に直接おいた装備も少し乾いてきた。

「あんた空を飛びたいって考えたことないの?」リナはまだオレに“浮遊”をオレに
教え込みたいようだ。
「いやぁ、別にないな」オレは正直に答えた。「だってリナが抱いてとんでくれる
し…。」
オレの恋人は途端に真っ赤になって反論する。
「戦略上有利に進める必要からいってるのっ!」本当に照れ屋さんだ。オレはリナに
さっきの疑問の続きをぶつけた。
「オレを抱いて“浮遊”する時に、どーゆうんだか浮く力が大きくなってないか?」

自惚れと笑われるかもしれないが、そういう気がしたんだ、特に最近。本当に“保護
者”してた頃はふんわりと体が持ち上がる感覚に馴染めず足の裏がこそばゆい気がし
てたのが、この頃はグーンと早さを感じる。リナはそっぽ向いたまま、でも少し早口
で言い返した。

「気のせいよ。それか、きっとあたしの魔力が上がったせい」赤い顔がその素っ気無
い言いかたを裏切っている。まっいいか、素直じゃないところもリナらしくって。

「服も乾いてきた事だし、そろそろ出発しましょ。えっと、服を着るんだからガウリ
イ小屋覗かないでね」リナはそれだけ言い置くと赤い顔のまま服を集めて小屋の方に
かけだした。
その後姿を見送って、オレも服を集めて身に付けはじめる。まぁいいさ、オレは『君
次第』だ。残念だが出発するとするか。


天を見上げると今まで漠然と感じていた後悔が青空に溶けていく気がする。

ウブな彼女を体で絡めとったんじゃないかと、オレの気持ちだけで彼女を縛りつけた
んじゃないかと。それでもなお彼女を手に入れたいと願ったその気持ちに嘘はなかっ
た。保護者を自称していたツケをいまさら払うことになるとは・・・、と。

でも彼女が易々とオレを抱きしめ空中を歩くなら、きっとそんな心配は無用じゃない
か。
オレの小さな疑問が自惚れじゃなかったんだと思うとなんとなく口元が緩む気がす
る。
あぁ、確かにこんな青空なら飛べる気がする。



おしまいです!