夜 明 け










「ハッ…ハァッ…」
俺は走っていた。
たった一人で真夜中の街道を。
駆り立てられる様に、前へ、前へと。
暗い闇へ誘われる様に、走っていた。

俺は三年ほど前、リナ=インバースという少女と出会った。
最初は彼女がとても幼すぎて、無鉄砲すぎて、ただ心配でついていった。
でもその少女はタダの少女じゃなかった。
とても強い魔力の持ち主であり。
そして同時にとても強い心の持ち主だった。
魔王相手に物怖じもせず、あきらめもせず、向かっていった。
お世辞でもなく、少女にしては、でもなく。
人間として、凄いと思った。
そして彼女は俺が持っていた伝説の剣が欲しいから、と俺の旅についてきた。
それからもその常識はずれな行動に驚かされてた。
俺は脳裏にあの頃の紅い瞳を思い出す。
キラキラいつでも光り輝いて、強い意志を秘めた瞳。
でもやっぱり子供で。あくまで女の子で。
レンアイ対象になんて入ってもいなかったのに。
何時の間にか、惹かれて。
いや、もしかしたら本当は最初から惹かれてたのかもしれない。
その強い光に。
光に集まる虫か何かのように。
出会った時から。
決まっていた運命だったかもしれない、この思いは。
最初は気がついていなかった、思い。
時が経つごとに、彼女を知っていくごとに。
大きくなる、思い。
枷が、「保護者」なんて枷が、楔が。
疎ましくなる日々。
時間が戻せるなら、やり直せるなら願う。
「男」として出会いたかった。
それが叶わないのならせめて出会わなければよかった。
でも、出会ってしまった。
去ってしまった時間は戻らない、絶対に。
だから、「保護者」でもいい。
リナが幸せなら、それでもいい。
あいつが笑ってられるなら、「保護者」でいい。

だけど

今日、夢を…見た。
リナが笑ってる。
幸せそうに笑ってる。
でもその視線は俺じゃなくて、横にいる、知らない男。
「ガウリイ、あたし、この人が―――」
そう言って、離れていく。

待テヨ、待テヨ りな!

ふりかえらない、彼女。
横にいる幸せそうな、知らない男。

イヤダイヤダイヤダイヤダ!

突然手に現れる、慣れた感触。
冷たくて、堅い。
それを感じるなり俺は無意識に腕を振り上げ、下ろしていた。
視界を過ぎる白銀の煌き。
そしてそれに似つかわしくない鈍い、鈍い音。
生暖かい感触。
そして、周りに広がるどす黒い赤。
息が詰まるほどの、鉄のような匂い。
「……あ………」
倒れている、リナ。そして、男。
男は完全に息絶えていた。
さっき俺からリナを奪っていった奴。

ザマアミロ。

そう思う、部分があった。
リナは、背中に深い傷を負いながらも、まだ生きていた。
「リナ…」
呼びかけても、振り向かない。
何もいないかのように、倒れた男だけをただ見つめて。
その男の名だけを呼んでいる。
小さく、小さく、小さく。
小さくなっていく、声。
そして、それが聞こえなくなって。
彼女は微動だにしなくなった。
死ぬ間際まで呼ばれることのなかった俺の名前。
殺してすらも手に入らない、心。

りなガ、死ンダ。俺ガ、殺シタ。

空虚な気持ちでいっぱいになる。
大切なものを失った。
だけど彼女はいない。もう。
俺が殺した。
取られるのがイヤだった。
取られるぐらいなら、いっそ。
そう思った。
だけど、手に入らなかった。最後まで。

りなガ幸セナラ、ソレデモイイ?
アイツガ笑ッテラレルナラ、「保護者」デイイ?
本当ニ?

そう、心の中で言った瞬間・・・目が覚めた。


夢から覚めて、同じことを自問した。
嘘だ。嘘だ。そんな誓い、嘘だ。
金色の頭を掻き毟り俺はそう呟く。
俺は、ただの独占欲の塊だ。
「保護者」でいいなんて、嘘だ。
夢を見ただろ?
あの時、お前はどうした?
リナは笑っていたぞ?
なのに、お前が、お前の自己満足で殺したんだぞ?
男を、そしてリナさえも。
「う…ぁ……」
俺はうめいた。
そして瞳を瞑り、息を吐く。

もう、傍にはいられない。
傍にいたら、リナの幸せも、リナ自身も、壊すから。

気がつけば走っていた。荷物を持って町を出て。
真夜中の街道を走っていた。
身を切られるような、思いだった。
ずっと、傍にいたかった。
だけどもう一つの心が拒む。
傍にいたら絶対に壊してしまうから。
「ハァッ…!ハァッ…!ハァッ…!」
荒くなる息。
だけど止まれない。
止まる気にもならない。
走った。走って走って…気がつけば夜が明けていた。

「ハァッ…!!」
俺は走ってきた勢いに任せて、川原に突っ込み、そのまま倒れこんだ。
夜が明けた筈なのに、まだ闇の中を走っている気分だ。
心に夜明けは来ないのだ、きっともう。
「ハァ…ハ…ハァ……」
遠くまできた。
もう、リナは追ってこないだろう。
自分から傍を離れる男のことなんか。
突然に睡魔が襲ってきた。
夜通し全速力で走っていれば無理はないが。
このまま、目を閉じたらもう目覚めが来なければいいのに。
そう思いながら、意識は闇へ落ちていった。

「なにやってんのよ、このくらげ。」
目覚めたのは、その聞き慣れた、もう一生聞く事はないと思っていた声。
夢だと思った。そして夢であれば、とも。
「リ……ナ………?ど…して…?」
リナが呆れた顔で俺を見ていた。
「それは、あたしが聞きたいわよ、ガウリイ。あたしに何にも言わないでどーしてこ
んな遠くにいるのよ。もしかして夢遊病?」
冗談に笑いそうになって、俺は何となく感じる。
ここでいつも通りにしたら、きっともう離れられないと。
「・・・違う。」
首を横に振り、静かに言い放つ。
「じゃ、なに?」
俺はリナから目線をそらして、言った。
「自分から…自発的にお前の傍から離れた。もう、傍にいられない。」
「あ、そ。」
リナは、素っ気無かった。ズキリと痛む、胸。
「じゃあ、さよなら。今まで付き合ってくれて、ありがと。じゃあね。」
くるりと背中を向けて歩き出すリナ。
いいんだ、これで…―――
「あんた…一体どうしたいわけ?」
ふりかえって尋ねるリナ。表情には呆れの色。
「………え………?」
「え?じゃないわよ。」
今気がついた、俺はリナのマントの端をしっかりと握っていた。
「あ、スマン…」
ぱっとそれを離す。
リナは呆れ顔でその場にどかっと座った。
「そーじゃないわよッ!」
怒った顔で、彼女はそう怒鳴った。
「あんた、一体どうしたいの!?ハッキリしなさいよねっ!?なんか離れたいって言
うのもすっごい辛そうな顔して言うからそんなに一緒にいるの辛かったんだとか思っ
て離れようとしたらマントの端しっかり掴むわッ!何ッ!?何なの!?あんたあたし
にどうして欲しいの!?あんたはどうしたいの!?」
リナの剣幕に、俺は正直に話すしかないと、悟った。
嘘は、きっと見抜かれてしまうだろうから。
「………正直に言うと…俺はリナのことが女として好きだ。」
「………。」
「でも俺は、保護者だとか名乗って…でも本当は独占欲の塊の、タダの男で…だから
リナの傍にいたら迷惑がかかるから……」
支離滅裂で、意味が通じたかどうかもわからなかった。
ただ子供のように。母親にあやまる幼い子供のように、話していた。
コツッ
リナが俺を小突いた。
「バカ。」
それからぎゅっと俺に抱きついた。
「!!?」
「最初から、そう言ってくれればいいんじゃない。」
「り…な………?」
「大体あんたは、くらげのくせに妙に考えすぎてるのよ。どーしてソレで迷惑がかか
るって結論になるのよ。あたしは、全然迷惑だとか思ってないし、むしろずっと傍に
いて欲しいわ、一生ね。」
そう言ってリナは俺に笑いかけた。優しく。
「好きよ、ガウリイ。」
夢のようだった。
思わず頬をつねって痛みを感じて、それでも信じられなくてリナに尋ねた。
「本当か?本当に…?」
「そ。この鈍感くらげ。イキナリいなくなるから…心配したじゃない。」
「ごめん………」
「さて、このあたしに心配させた罪はどうしてくれるの?」
ぴっと指を立てたリナに、俺は言った。
「…もう一生離さない。傍に…いるよ。」
「もう、離れないでね…」
そうしてずっと俺は、抱き合いながら涙を流した。
心にやっと夜明けがきた事を感じながら。

<おわり>