仮面舞踏会 |
「どうです、リナさん。ガウリィさんを試してみては?」 この一言で、私はあっさりとOKした。 話は遡る事3日前。 久しぶりにセイルーンを訪れた私達とゼルガディスに、アメリアが『舞踏会』の招待状を持ってきた事から始まった。 「3日後なんですけど、勿論参加して頂けますよね?」 「俺は遠慮しておこう。」 目立つのを好まないゼルガディスは、速攻断わりを入れていたが、そこでへこたれる アメリアじゃあない。 「大丈夫ですよ、ゼルガディスさん。これは普通の舞踏会じゃなくて、『仮面舞踏会』、つまり、仮装オッケーのやつですから! これならゼルガディスさんも目立ちません!!」 ・・・おひ、アメリア。その言い方はちょっち酷くないか? ほら、部屋の隅でいぢけてるぞ、ゼルガディス。 「もちろん、リナさんとガウリィさんはいいですよね?」 「う〜ん・・・どうする?」 「何で私にいちいち聞く訳?」 アメリアが意味ありげに微笑むと、私に小さく耳打ちした。 「リナさん、これはいい機会だと思いませんか?」 「・・・何がよ?」 「思いっきり変装して、ガウリィさんの反応を見るチャンスじゃないですか。 別人になったリナさんを、ガウリィさんが見つけられるかどうかなんて、ちょっとワクワクしませんか?」 ・・・成程、そういうコトね。 確かに興味あるかも。 いっつも『保護者』面して、私のコトに何かと干渉してくるガウリィ。 別人になった私を見て、どんな反応をするのか・・・うん、そうだな。 「どうです、リナさん。ガウリィさんを試してみては?」 ・・・・ってコトで、今は舞踏会当日なんだけど。 ハッキリ言って、これじゃあ誰も私に気付かないと思う。 私自身が、『・・・これ、誰?』って言うぐらい、思いっきり別人みたいなんだもの。 憧れていたストレートの黒髪のウィッグ。 瞳の色を隠す為のカラーレンズ。 真っ赤なルージュ。 そして、やたら躯の線を強調したような、漆黒のドレス。 「うそ・・・みたい。」 「わぁ、すっごく綺麗ですリナさん!これなら、会場の男性達の視線は釘付けですよ!!」 うあ、ちょっち恥ずかしい。 でも、まぁ。悪い気はしないわねぇ。 「これなら絶対にばれませんよ。・・・楽しみですね?」 「ま、まぁね?」 「さ、それじゃあ行きましょうか。あ・・・そうそう。リナさんの今日の名前は『リリス』なんてどうですか?私は『アリア』って名乗りますから。」 変装した上、名前まで変えちゃあ、流石の保護者くんも解らないかな? あは、何だか楽しくなってきたわ。 「行きますよ、『リリス』さん。」 「行きましょうか、『アリア』さん。」 会場に着いて驚いた。 ・・・『仮面舞踏会』って・・・・実は『仮装コンクール』の間違いなんじゃない? 何て言うか・・普通の格好してる人、ほとんど居ないわよ? 揚句の果てには、気ぐるみみたいなのを着込んでいる人までいるし。 ・・・セイルーンって、一体・・・。 「それじゃあ、ここから別行動ってコトで。」 「解ったわ、それじゃ、ね。」 あっという間に、私の周りには男性陣の人垣が出来た。 う〜ん、優越感!! ガウリィが居たら、こんな事決してないからな〜。 やっぱり素がいいから、どんな格好になってもモテるのよねぇ。 適当に話を合わせながらも、目線は常に会場に向けておく。 ・・・ガウリィらしき人物は、まだ現われていないみたいね。 うっふっふ。 まるで別人の私を、見つけるなんて出来るのかな? ざわめきが聞こえた。 振り返ると、入り口付近で、女性達が一斉に感嘆のため息を漏らしている。 ・・・ガウリィ、だ。 ガウリィはさほど変わった感じはしない。 精々が、髪をアッシュグレイのワイルドな感じに変えただけ・・・かな? いつも見なれた、あの綺麗な金髪がないのは残念だけど、かもし出す雰囲気が普段からは 想像出来ない、完成された美・・って感じがする。 そう言えば、ガウリィの正装ってあんまり見た事ないよなぁ。 悔しいけど・・・凄く、格好いいかも。 群がる女性陣をかき分け、会場を見回している。 探してる、探してる。 そして、同じく男性陣に囲まれている私の方を見たかと思うと、静かに微笑んで近付いてきた。 ・・・・嘘、もうバレたの? ガウリィが、私に無言で手を差し伸べた。 「名前・・・聞いてもいいかな?」 ワルツに合わせて踊る最中に、ガウリィが優しく問いかけてきた。 何だ・・・やっぱり気付いてないんだ。 「・・・リリス・・。」 「リリス・・いい名前だな。」 意外にも、ガウリィは優雅に踊っている。・・・・いつ、ダンスなんか覚えたのかな? それにしてもよ。 本っ当に、解んないのかしら、ガウリィ。 だとしたら、一応は『試す』と言う観点では成功よね。 でも・・・少し、淋しい。 やっぱり、姿が変わってしまったら、解らなくなる様な関係だったって事よね。 しかも・・・ガウリィはいわゆる『ナンパ』をしてのけたのだ。 私が居ないから・・・私が解らないから・・・。 「どうした?」 「え?・・・いいえ、別に。」 その優しい微笑みは、誰に向けたものなの? 私じゃ無い、別人の私に? 急に胸が苦しくなった。 「御免なさい・・・ちょっと失礼しますね・・・。」 ガウリィを残して、会場を後にした。 「・・・私の、ばぁ〜か・・・。」 裏庭のテラスで、少し火照った躯を冷ましながら。 面白半分で始めた事だけど・・・こんな事、しなきゃ良かったな。 見事に玉砕って感じ。 ガウリィなら、どんなに私が変わってしまっても、見つけだしてくれると思っていた。 「何やってんだ、お前さん?」 って、笑ってくれると思っていた。 ・・・・自惚れ、だったのかな? 「あ〜あ・・つまんないの。」 「何がつまんないんだ?」 いきなりの声に振り返ると、そこにはいつものガウリィが立っていた。 「ガウリィ・・・?」 「あれ、俺名前教えたっけか?」 ・・・やばし。 「ま、いっか。・・・飲まないか?」 ガウリィが、ワインの入ったグラスを差し出す。 ・・・・まだ、気付いてない。 「有難う、頂くわ。」 「ガウリィさん・・・お一人なんですか?」 「あ?」 「いえ、あの・・・どなたか連れの方がいらっしゃるかと思ったもので。」 「あぁ・・居ますよ。ちょっと手の掛かるヤツが1人程。」 むか。何よ、その言い種わ? 「本当に放っておけないヤツなんですよ。目を離すと、何をしでかすか解らないから。」 むかむかっ! 「そ、それは大変ですねぇ?」 怒りといら立ちに大きくなりかけた声を何とか押さえるが、こめかみあたりに浮かぶ 『怒り』マークは、現在も増殖を重ねている。 「そうなんです!本っっっ当に大変なんですよ!」 うあ、言い切りやがった、こひつ! 「そんなに嫌なら・・・どうして放っておかないんですか?!」 思わず飛び出た本音に、ガウリィが驚いた顔をして私を見据える。 何故か、静かに微笑んで。 「・・・嫌だなんて、言ってないだろ?」 ガウリィの端正な顔が近付いてきて。 え・・・あれ? 手にしていたグラスが落ち、地面に割れた音が響いたかと思ったら。 一瞬、重なる唇。 ・・・・どうして? 今のは、『リリス』にしたの? それとも・・・『リナ』? 顔を離し、ガウリィが小さくため息をついた。 「・・・まだ、解らないのか?」 「え・・・?」 私の髪を少々乱暴に掴んだかと思うと、一気に引き剥がす。 なびく、私本来の髪。 ガウリィはにっこりと微笑んで言った。 「俺を試そうなんて、100年早いんだよ。」 ・・・信じられない。 「何よ・・・最初から知ってたなら、そう言えばいいじゃない・・!」 不覚にも、涙が溢れるのを押さえ切れない。 「わりぃ。でも、お前さんが俺を試そうとしてるのが解ったからな。・・・騙されて やったんだ。」 「何よそれぇ?」 ガウリィが静かに私を抱き締める。 「・・・俺は、リナの中身に惚れたんだからな。外見がどんなに変わっても、そんな事は関係ないさ。・・・解った?」 ウィッグに隠れていて、少しクセのついた髪を、優しく梳きながら。 ・・・・ちょっと待った。 今・・・何て言ったの? 『惚れてる』って・・・・・。 「が・が・ががががが・・・・?」 「何だよ、蛾でも飛んでたか?」 「違っっが〜う!!今、あんた何て言ったのよ?」 「え〜?何か変な事言ったか、俺?」 のほほんと言ってのけるガウリィの顔を見ると、照れ隠しからか、頬を指で小さく掻いていた。 ・・・・バカ、なんだから。 ガウリィの顔が再び近付いてきた。 今度こそ、私自身に。 さっきより長いキスは、ちょっとばかし涙味だったけど・・・。 「お腹空いた。」 「あのなぁ・・もう少し雰囲気を楽しんでもいいじゃないか?」 「だって、あんたにばれない様にって、あんまり食べて無いんだもん!」 ガウリィの苦笑い。・・・あぁ、いつもと同じだぁ。 「仕方ないか。取り合えず今日はこの辺で。」 「・・・何よ?」 「いやいや、こっちの話。・・・行こうか?」 差し出された腕に、少しだけ素直になってみた。 ガウリィの腕にそっと手を廻す。 「・・・・ガウリィ。」 「ん〜?」 「名前、呼んで。」 ガウリィは、優しく微笑むと、私の額に唇を落として。 「リナ。」 真実を隠しあう『仮面舞踏会』で、私は唯一の真実を手に入れた。 私を見つけだしてくれる、たった一つの・・・大切な、貴男。 <終 劇> |