Which? |
気ままに旅を続けていた二人が、立ち寄った町。 宿を取ろうと町中の道を歩いて捜していた時、ふいにリナに向かって声が掛けられた。 「あれ、ルウ。いつの間に着替えたんだ?」 「……は…?」 「用事はもう済んだのか?じゃ、開店まで少し休んでていいぞ」 振り向いて訝しげに呟くリナに、更に重ねられる言葉。 「…あの…?人違いじゃ…」 「…へ?あれ?ルウ、だろ?」 「?人違いみたいだな。こいつはそんな名前じゃないぜ?」 困惑しているリナの隣で。いつもの、のほほんとした口調でガウリイが答える。 「ええ?でもよく似て…」 「何してるの、おじさん。お店のまん前で」 違うと言われて戸惑う男に、脇から女の声。 その声のした方向に目を向けた二人は、絶句した。 結い上げられた長い栗色の髪、小柄な体型。そして何より…双子かと思うほど、そっ くりな顔。 町娘の服を着た、ルウと呼ばれたその彼女も、今は驚愕に目を見開いている。 「今度こそルウ、だよな。…やっぱり似てるなあ…」 呆然としたままのリナが、誰ともなしに呟く。 「…ほんとにそっくり…。これじゃ間違えられるのも無理ないわ…」 「こんなに似てる人、初めて会ったわ…生き別れた姉妹は居ないはずなんだけどな」 あはは、とリナに笑い掛けるルウ。リナもつられて笑う。 「あたしは姉ちゃんがいるけど、こんなに似てないわ。なんか初対面て気がしないわね」 「あたしもよ。毎日見る顔だしね」 無邪気に笑い合う二人は、仲の良い双子の姉妹にしか見えない。 未だに呆然としたまま、二人を眺めるガウリイ。 「ねえあなたたち、見たとこ旅人みたいだけど…」 「?ええ、そうよ」 「今日の宿は決まってるの?」 「いや、まだ探してる最中なんだけど」 いきなりなルウの質問に、意図が分からぬまま返すリナ。 「それなら、ここにしない?」 言って、すぐ前の店を指差すルウ。リナにウィンクする。 「料理も美味しいし、良い宿よ。ついでにあたしもここでバイトしてるの。 それが終わったら、一緒にちょっと飲みましょうよ。折角会った記念に♪」 ぷっと吹き出したリナが、ここにするわ、と言った。 「…いやー、しっかし似てるなあ。驚いたぜほんとに」 「あたしもビックリだわ。世の中には同じ顔の人が3人は居るって言うけど。 実際見たのなんて初めてだしね…しかも髪と瞳の色までおんなじ」 お決まりの夕食バトルを終え、そのテーブルで食後の香茶を飲む。 まだルウはバイト中である。しかし、くるくるとよく働く娘だ。 「あれでもし中身まで同じだったら、えらいことに……オレが悪かったです」 にっこりと微笑みながら、ふところから取り出したスリッパを振りかぶるリナに。 額に汗をうっすら浮かべて、慌てて謝るガウリイ。 「妙なこと言ってんじゃないわよ。でも、そうね、性格は近いかもね」 「そんなに話してないだろ、わかるのか?」 「なんか気が合うみたいなのよね…あ、終わったかな?」 リナの視線を辿ると、手を振りながら、こちらに歩いてくるルウ。 「ごめんなさい、お待たせ。ついでにもう少し、待ってもらっても構わないかしら?」 「いいわよ。仕事、まだ残ってるの?」 「ううん、着替えるだけよ。すぐ済むから」 急に立ち上がるリナ。 「あ、あたしもついてって良い?ちょっとお願いがあるのよ」 「お願い?」 「大した事じゃないんだけど…」 「ふうん?いいけど。何かしら」 「あ、着替えながらで良いから。ガウリイ、ちょっと待っててね」 ぼーっと自分達を眺めている彼に言い、ルウと一緒に歩いていくリナ。 「ああ…?」 「へえ。面白そうね」 「でしょ?あなた見てたら、やってみたくてさー」 「ルウ、でいいわよ。でも騙されてくれるかしら、彼」 「あたしもリナでいいわ。これだけ似てれば、騙されるわよきっとvv」 「そうかしらねえ…」 もし相棒を間違えたりなんかしたら、お詫びとしてガウリイになんか奢って貰おう、 などと考えているリナと、少し疑問らしいルウ。 服を脱ぎ、交換して、それを着る彼女達。 髪型までお互いにやりかえて。終わった後は、元の二人の姿。 ――ただし、中身は逆。 「じゃ、行きましょーか」 席に戻ってくる二人を見たガウリイの目が、一瞬真剣になる。 いきなり立ち上がり、歩いてくる彼女達につかつかと歩み寄り、言う。 「悪いけどオレ、もう部屋に戻るわ。二人でおしゃべりしててくれ」 そして、ルウの姿をしているリナの頭を、いつものようにくしゃり、とやって。 「あんまり飲むなよ。…それと、ちゃんと後で着替えろよ」 と言って、部屋へと続く階段に向かっていく。 ぽかんとして、それを見送るリナ。一方、やっぱりね、という感じのルウ。 しばし経ち。すっかり意気投合してひとしきりおしゃべりした後、また着替える二人。 「それにしても…おっかしいなー、なんで分かったのかしら…?」 着替えながら呟くリナ。それにルウが返す。 「なんとなく、そんな気はしたんだけどね」 「なんで?ここの主人はわかんなかったでしょ、さっき」 ここに戻ってくる途中で会った主人は、リナにルウと呼びかけた。 しっかり、二人を取り違えていたのだ。 「なんでかは、彼に直接聞いてみたら?きっと教えてくれるわよ」 含み笑いをするルウ。 「そうね…なんか気になるし、そうするわ。ごめんね、変な事頼んで。またね」 「ううん、楽しかったわよ。また明日ね」 ルウを見送ったあと、階段を昇り、部屋をノックする。 「リナか?開いてるぞ」 中から聞こえてきたのは、いつもよりやや低い声。 …あたし、なんか、怒られるような事したっけ…? 考えてみるが、思い当たらない。少し躊躇いながらドアを開けて入り、ぱたんと閉める。 ベッドサイドに腰掛けたガウリイが、射抜くような視線を投げかけていた。 その視線に思わず身を硬くし、立ちすくむ。 そんな彼女の様子に、視線を和らげるガウリイ。微かに微笑む。 リナはようやく金縛りが解け、とてとてと近付いていき、彼の前に立つ。 「早かったな…どうかしたか?」 いつものように訊ねてくる彼。 普段通りのその雰囲気に安心して、聞いてみる。 「さっき、なんで分かったの?入れ替わってるって」 「そりゃ分かるだろ?」 しれっとして答えるガウリイ。 「ここの主人は間違えたわよ?ルウのおじさんって話だったけど」 リナの言葉に、すうっと、またさっきの眼差しに戻ったガウリイ。 …怖い。なんでそんな怒ってるみたいな眼をするの。 気圧されるように、じり、と後ろに下がろうとしたが、出来なかった。 座ったままのガウリイに、両方の手首を掴まれて。 「オレが、リナを見間違えるはずないだろ…幾ら似てても、違うんだよ」 「だ、だって、自分でもそっくりだと思ったわよ?」 その眼差しを変えたくて。無理に笑いながら、慌てて言うリナ。 「お前がそっくりだと思っても。オレには違う」 怒ったような、それでいてどこか悲しそうな眼差し。そんな瞳をされたら、動けない。 「なあ、リナ」 「な、なに…きゃっ!」 いきなり手を引かれ、ベッドに倒れこむリナ。 「何すんのよ…!」 文句を言おうと、身体を起こそうとしたリナに、ガウリイが覆い被さる。 「ガウリイ!どいてよ!」 「なんであんな事したんだ、リナ」 暴れるリナに構わず、至近距離で、低く問いかけるガウリイ。 「オレを試しでもしたのか?お前を見分けられるかどうか」 「な、何いってるのよ…?」 「言っただろ、どんなに似てても違うって。あの子の方には、こんな事したいとは思わん」 「こんな…?……んんっ!?」 いきなり、唇を塞がれる。ガウリイの唇で。 「こういう事、だ。リナにしか、思わない…」 「が、ガウ…!んんんっ……!」 また押し当てられる、熱い唇。自分の唇を割って、何かが滑り込んでくる。 「んんっ…んぅ…っ……」 長い、深いキス。頭がくらくらしてくるリナ。 ――どれくらいそのままだったのか。ようやく、唇が離れた。 くたっとして目を閉じ、浅く呼吸を繰り返すリナに、真剣な表情のままガウリイが言う。 「試したりしなくてもいい。必ず分かるんだから」 「だ、誰が…試したり、したのよ…?」 「じゃあなんだ?」 悔しい。なんでいきなり、こんな事されなきゃいけないの。 恥ずかしさと悔しさで、涙が出てくる。胸を両手で押し返しながら、叫ぶ。 「ただ、ふざけただけだったのにっ!なんでこんな事されなきゃ…ぅんんっ」 またキス。両手を掴まれ、シーツに縫いとめられる。 執拗なそれに、全身の力が抜けていく。何も考えられなくなる。 「おふざけ、ねえ……それじゃ、お仕置きが必要だな、リナ?」 ようやく唇を離し、ぐったりとしながら見上げてくるリナの瞳を見詰め。 先程とはうってかわって実に実に楽しそうに、そうのたまう。 「…お仕置き…?」 「入れ替わって、オレにイタズラしようとしたんだろ?」 「!…あ、あんた、まさか…」 悟って、血の気が引いていく。なのに何やら冷汗が出ている気が。 「そんなに信用されてないのかと思って、悲しかったなー。でも」 「…で、でも……?」 「見分けられたオレの勝ちだよな?」 と言って、にやりと笑う。 「どっちにしろ、部屋はここだけだ。逃げられないぜ♪」 そのまま、細い首筋に唇を落とす。 すっかり力の抜けてしまっている身体で、リナは祈った。 これからされる『お仕置き』とやらが、願わくば朝までも続きませんように、と。 …謀られた、と思いながら。 こんな演技力まであるなんて…詐欺よおおお…! 次の日に会ったルウは、リナを見るなり。 『これはまた、分かりやすい印を付けられたわね』と、笑った。 リナの首筋、服で見えるか見えないかの所に付けられた、赤い痕を認めて。 おわり。 |