ちょこれーと








「ばれん…たいん?」
そんな間の抜けた声にあたしは思わず食堂の机に突っ伏していた。
「あ…っんたっ…ホントーに何にも知らないわね……」
すでにお得意のスリッパで突っ込む気も失せていた。
「いやぁ…聞いたことはあると思うんだが……忘れた。」
溜め息が、ごく当たり前に、自然に出た。
ハッキリ言おう。毎度の事だ。
毎度のことすぎてわざわざ言う気にもなれないのだが、今あたしと喋っていたのはい
つもののほほんとした表情を浮かべている自称保護者のガウリイ君である。
容姿はそんじょそこらの男なんぞカボチャやニンジンに見えるほどの美男子なのだ
が…頭の方はというと…おそらくゾンビとタメはれるほど退化している。
それはもう、記憶領域という部分が欠落しているのかと思うほどの忘れっぷりであ
る。
「あんたさぁ…もしかして脳味噌の代わりにふやけたパスタとか増えるワカメとか詰
まってるんじゃないでしょーね……」
「リナ〜人を何だと思ってるんだよ〜」
「いや、まあ色々…」
さすがに言葉を濁すあたし。
いや、いくらはっきりした事実であろうがそんなハッキリキッパリ言うのは気が引け
る。
うん、あたしっていい奴♪
「結構ひどいこと考えてる奴に限って色々、とかいってはぐらかすんだよな〜」
うっ…こいつ変なとこで鋭いんだからっ!
「や〜ね〜!んなことないわよ〜〜!あははははっ☆」
ぱたぱた手を振って笑うあたし。
「まあ、いいけど。んで『ばれんたいん』って何だ?」
意外とあっさり引き下がったガウリイが尋ねてくる。
「バレンタインっていうのはね―――……やっぱやめた」
「え〜〜何でだよっ!」
ガウリイが抗議する。
だって……言えるわけない。
単刀直入に言えばチョコレートを好きなヒトに渡して思いを告げる日なのよっ!
あいつのことだから絶対大笑いするに違いないわっ!
恋するオトメの行事なんて柄じゃないって!!
「何ででもッ!」
でもさ、そんなわけないじゃない。
好きな人ぐらいいるに決まってるじゃない。
でもそんなこと好きな人の前で言えるわけないじゃないっ!
そーよそーよ!
あたしはこのくらげ男ガウリイが…す、好きなのよ…
だったら三年も一緒に旅なんかしてないわよっ!
「教えろよ〜!気になるじゃないかっ!」
「それは…秘密です。」
どこぞのナマゴミ魔族の常套句を口走るあたし。
「リナさぁぁぁぁん…人の常套文句取らないで下さいよぉ」
どこからか聞こえてきた聞き覚えのある嫌な奴の声にあたしの苛々は頂点に達する。
「だぁぁぁぁ!鬱陶しいっ!そんなもん取ったって別にいーでしょ!そんなに取られ
たくなかったら特許でもとってきたら!?…って……ゼ…ゼロスぅ!?」
あたしは思わず後ろを振り向く。
そこには、後ろ姿はゴキブリ似!パシリ生ゴミ魔族ゼロスの姿!
が、これでも相当の高位魔族…しかも食えない策略家なのである。
何でこいつが…
「よおゼロス。」
かわらずのほほんとした声。勿論ガウリイである。
「リナさんガウリイさん、お久しぶりです。」
にっこりと笑みを浮かべるゼロス。
「…何しにきたのよゼロス。もしかして獣王からおつかいでも頼まれたの?」
挑発のつもりで言った言葉にゼロスがピクリと反応する。
おひ…
「……も、もしかして図星?」
「はい…よく一発でわかりましたね、流石はリナさんです…」
さすがに覇気のない口調で答えるゼロス。
しかし…わざわざ獣神官つかっておつかいとは…豪華なんだか無駄なんだか。
「いやーすっかりパシリね。そういう職に転業した方が良いんじゃない?宅配便と
か。空間移動できるから結構サマになるかもよ?」
「そうですね、パシリですよ…でも僕は主人には絶対服従ですから…」
あたしが言うとゼロスはイキナリしゃがみこんで呟きながら床に「の」の字を書き始
める。
すねるなよ…すねたくなるのもわかるけど…
「んで?何を頼まれたのよ…わざわざあたし達の前に現れたっていうことは…少なか
らずあたし達と関係あるってことよね?」
「ご明察です、リナさん。」
にょっと復活するとニコ目の魔族は嬉しそうに言った。
復活早ッ!
「そーなんですよ。ゼラス様の要望が…ちょっと魔族の僕じゃどうしようもなくっ
て。人間に頼まなくちゃならないんですけど思い当たるのがリナさん達しかいなかっ
たので。」
「ああそう、じゃあ頑張ってね。行くわよガウリイ。」
あたしはくるりとゼロスに背を向ける。
「待ってくださいぃぃぃぃぃ!」
涙目で懇願するゼロス。
「ヤダ。」
即答するあたし。
「どうしてですかぁぁぁぁ!」
「だってねえ…あんたが持ってきた話っていっつも胡散臭くてあたしが損するのばっ
かりだし。タダ働きする気なんて毛頭ないわ。」
「じゃあ報酬アリ…ならどうですか?」
ぴくり
あたしは胡散臭そうな視線をゼロスに向ける。
「…条件と内容によるわね。」
ゼロスはすっと何かの詰まった皮袋をどこからともなく取りだし言った。
「条件は…この皮袋一杯のオリハルコン…でどうでしょうか?こっちも生活かかって
ますから。魔族にはあんまり関係のないモノですし。」
ふむ…悪くないわね。
しかし、わざわざ魔族がこっちにいい条件までつきつけてくるのだ。
それなりのリスクありの仕事の可能性は大きい。
「まあ、条件はクリア、ね。内容は…?」
「内容はですねぇ…」
ゼロスは満面の笑みを浮かべて言った。
「リナさんにチョコレートを作っていただきたいんです。」
………………。
「…………は…………?」
あたしは思わず声を上げていた。
「チョコレートです。もうすぐバレンタインじゃないですか。それでゼラス様が人間
の世界にバレンタインデーっていう日があることをどこからともなくお知りになった
ようで…それでチョコレートが食べたいと…」
「ねえ、ゼロス…あんた見た目人間なんだから適当にアルバイトでもしてお金稼いで
店で買えばすむんじゃないの?バレンタインシーズンだからそこらへんで安く売って
るじゃない。まあ、ちょっと男が買うっていうのは…恥ずかしいけど。」
あたしの当たり前な疑問にゼロスは首を振った。
「いや…それが…手作りのが食べたい…とおっしゃって…。そうじゃなきゃリナさん
がいったみたいにそうしてますよ、勿論僕だって恥ずかしいですから容姿を女の姿に
変えて。」
あ、そーか。こいつ高位魔族なんだから女の姿なんてわけないんだ。
というよりも…恥ずかしいのか?
ンな一時の恥をしかも高位魔族が…
「どおして獣王ンなこといったの?わざわざ苦労するような。もしかして今はやりの
イジメとか。」
「違いますよッッ!」
慌てて否定するぜロス。
「根拠は?」
「しくしくしく………」
ゼロス。背中がすすけてるぞ。
「まあ、あえて聞かないことにするけど。量はどのくらい?一人分?」
「えーっとですねぇ…海王様にお土産にもう一箱持ってきてとおっしゃっていました
から…三箱ですね。」
「二箱でしょ。」
即座に訂正するあたし。
「いや、僕も実は興味ありまして。」
「オリハルコンもう一袋なら♪」
「詐欺ですか…?」
「いいのよ別に。あたしは作らなくても困らないし。困るのは命令果たせなかったあ
んただけだし。」
満面の笑みを浮かべるあたし。
「わかりましたよ〜〜」
涙目で了承するゼロス。
ふっ…勝った。
「じゃあ、バレンタイン当日にでも取りにきますので。ではお願いしま…」
「待てよゼロス。」
今まで黙りこくってたガウリイがゼロスを呼びとめる。
…?なんだか不機嫌??
「何ですか?ガウリイさん。」
何故か嬉しそうな声で返事をするゼロス。
「お前に聞きたいことがあるんだが…」
「何です?」
「…ばれんたいんって何だ?」
ずるべしょ
その一言であたしとゼロスは同時にずっこけた。

「―――つまり恋をしている女性がその恋する男性にチョコレートをあげるという行
事なんですよ。わかりましたか?」
ゼロスはガウリイに話し終わった。
「んーなんとなく……」
「で、僕の頼みのことは聞いてましたよね。」
「ああ、チョコを作って欲しいとか…なあゼロス。」
「はい?」
「お前、本当に…リナからチョコレート…もらいたいのか?」
はぁっ!?
それはどういう意味よ!?
「ええ、そうですけど。」
「本気でか…?」
今までになく低い声。
どうしたっていうのよ…
「ええ。」
悪びれもなく答えるゼロス。にこにこと嬉しそうである。
どうしてこの状況で笑ってるかなこの魔族は。
「お前っっ…!」
激昂したように立ちあがるガウリイ。拳を前に出して叫んだ。
「リナが作ったチョコレートなんか食べて無事でいられると思うのか…!?」
おいっっ!!
「う゛っっ……!」
ゼロスがうめく。
おいこらっ!!
「『あの』リナだぞ!?どらまたとか大魔王の便所のフタとか盗賊殺しだとか散々人
の心がある人間には到底つかなさそうな通り名で呼ばれてる『あの』リナが!普通の
チョコレートなんか作れるわけないだろうッッ!」
「おい………」
あたしの押し殺した呟きはガウリイの叫びで聞こえない。
「というよりもできるモノがチョコレート…いや食べ物かも定かじゃないぞ!?もし
かしたら魔族でも一口食べたら死んじまうようなおそろしい代物ができるかもしれな
いんだぞ…!?」
「た、確かに…!」
「思いなおせ、ゼロス!今ならまだ後戻りできる…!」
「うふふふふふふふふふ………」
ぎょっとしてゼロスとガウリイがこちらを振り返る。
「ふふふふ……ガウリイ、ゼロスゥゥ〜〜…」
『は、はひっ!』
思わず、なのかどうか知らないが上擦った声をハモらせる二人。
「飛んでけこのデリカシー皆無男共ォォォォ風魔砲裂弾ッ!」

ぼばひぃぃんっ!

あたしの放った魔法はガウリイだけを天高く吹き飛ばした。
ゼロスは顔を恐怖に引き攣らせながらもそのままである。
まあ、こんなんでも高位魔族だしこんなしょぼい魔法で吹き飛ばせるわけがないのだ
が。
勿論それは予測のうちである。

ぐぁしっ

あたしは思いきりゼロスの手を握る。
「ぜ〜ろ〜す〜♪」
「はいっ!」
あたしは満面の笑みを浮かべて言った。
「この仕事、うけるわ♪」
後戻りなんか出来ないから(はぁと)
そんな邪悪な笑みをより一掃に強くして。ゼロスに笑いかける。
「は、はひ………」
ゼロスの顔が絶望に歪んだのは、言うまでもなかった。

さて。時は流れてバレンタイン前夜である。
「ら〜らら〜〜♪」
あたしは宿の厨房を貸し切ってチョコレート作りに勤しんでいた。
周囲にはやたらと甘い匂いが漂っている。
ガウリイとゼロスは散々に言ってくれたが、あたしはこれでも料理は上手いのであ
る。
……嘘じゃないって。
郷里の姉ちゃんに「これぐらいできて当然」ってみっちり仕込まれたんだから…
あんま、思い出したくないけど。
まああたしは食べるのも好きだから結構料理するのも好きだった。
厨房に山積みのチョコレート。
勿論あたしの食べるものがほとんど、に決まっている。
あげるだけで自分が食べないって悔しいし。
甘いもの大好きだし♪♪
だからあたしはとっっってもご機嫌である。
でも、太るかなァ…こんだけ食べたら。
あたしはチョコレートをかきまわす手を止めた。

ガウリイにあげようかな…
だって仕事ついでだし…買いすぎたからっていう口実もできるし。

そんな思いが生まれてくる。
「おっ♪いい匂いだなッ♪♪」
びくっ
ガウリイの声にちょっとびっくりする。
ふりかえるとガウリイが厨房に入ってくるところだった、
「ふふ〜んっ!でっしょー?あたし料理上手いんだから!」
「あれ、三人前だろ?こんなにいるのか?」
ガウリイが不思議そうな顔で尋ねる。
「ああ、あたしが食べるの。」
「……太るぞ?」
むかっ
「うっさい!」
あたしは手近にあったお玉をガウリイに投げつける。
「おっと。」
ガウリイはお玉を上手くキャッチし、あたしに返す。
「ダメだろ、こんなもん投げちゃ。」
「わかってるわよ。何?用があったんじゃないの?」
「いや、どんなもんが出来るかな〜っと思って。」
「喧嘩売ってんの……?」
あたしの言葉にガウリイはぶんぶんと首を振る。
「いや、そーいうわけじゃなくて。…お前、結構上手いな。」
「さっき言ったじゃない。」
くしゃりと頭を撫でるガウリイ。
「そんな事言うなよ。そんな細かいこというなんてお前もまだまだ子供だな。」
また保護者気取り。
いつもはあんまり気にしないのに、今日は何故かむかっときた。
「うまそうだな。一口くれ。」
「あげないから。」
そんな言葉が口を突いて出た。
ガウリイは少し、驚いたようだったが言った。
「じゃあ出来あがったら……」
「あげない。」
素っ気無く言う。言ってしまう。
「なんでだよ〜」
ガウリイは不服そうだ。
「別にいいでしょ、保護者なんだし。そんなにチョコが欲しかったら明日町でも歩い
て来たら?そこらの女の子がくれるわよ、絶対。」
しまった。後悔先に立たず、とはこのことだった。
ガウリイは、かなり不機嫌そうな顔をして言った。
「…そうだな、俺も別にリナの作った食べたらどうなるかわからんようなチョコなん
かいらないし。そこらの女の子がくれるチョコレートの方がおいしいだろうな。」
ずきりっ
「じゃあな、せいぜい頑張れよ。」
「頑張るわよ。ゼロスにあげるために。」
でも口を突いて出たのはこんな悪態。
厨房を出て行こうとするガウリイの肩がぴくっと動いたような気がしたが、気のせい
だろう。
はぁぁぁぁぁぁぁ
長い溜め息が出たのはガウリイの気配が離れてからだった。
「いやー嬉しいこといってくださいますねーリナさん♪」
聞こえたのはゼロスの声。
「やっぱりいたわねゼロス。」
ふわりとどこからともなく浮かび上がってくる影。
「やだなぁ、頑張ってくださるんでしょう?僕にチョコレートあげるために。」
「そーね、頑張るわよ。オリハルコン二袋の為に。」
「うう…やっぱりその程度なんですね、僕の価値って…」
ゼロスが寂しそうな顔をする。
「これでもまだ高い方だと思うけど?」
「ひ、ひどいですね〜…。いや〜でも、いいんですか?ガウリイさんにあんなこと
言っちゃって。」
「聞いてたのね。はじめっから。」
「いや、こっちはゼラス様の命令ですから…ちゃんとできるのか不安で…。でも、リ
ナさん本当に上手いですね。」
「まーね…どう?こっちに最初に出来たやつあるけど一個食べる?味見に。」
そう言ってあたしは完成したチョコレートの一個を指差す。
ゼロスはにっこりと笑った。楽しそうに。
「そーですねー♪じゃあ遠慮なく。」
ぱくり
「ご馳走様でした♪おいしいですよ。」
「ありがと。」
本当は、ガウリイに言って欲しかったんだけど、ね。
あげないって言っちゃったから。
「じゃあお邪魔しても悪いので僕はこの辺で。」
ゼロスは笑って、虚空に消えた。
はぁ…
溜め息が出る。

『…そうだな、俺も別にリナの作った食べたらどうなるかわからんようなチョコなん
かいらないし。そこらの女の子がくれるチョコレートの方がおいしいだろうな。』

バレンタイン前日に好きな人と喧嘩しちゃうなんて、馬鹿みたい。
「さて…と、作ろ。」
こういう時は、何も考えずに作ろう。
下手に考えるとキリないし。
はぁぁぁぁぁ
あたしはまた溜め息をついて、作業を再開した。

そして、バレンタイン当日。
あたしの手元にはチョコレートの箱が四つ。
他は全部ヤケ食いしてしまった。
それでも一個手元に余分に残してる自分が、まだガウリイが欲しいと言うことを期待
している自分が馬鹿らしかった。
朝御飯を食べに食堂に行くと、いつも通りのガウリイがいた。
チョコレートのことも彼は何も言わなかった。
怒ってる様子もなく、ただいつも通りにしていた。
彼自身は。
「あのッこれ受けとってくださいッ!」
しかし、周りがそれを許してくれなかった。
朝御飯を食べ終えた頃には周りを女の子が囲んでいて口々にそう叫ぶ状況が出来あ
がっていた。
「いや、俺は……」
助けを求めるように視線をこっちに向けてくるガウリイにあたしは素っ気無く答え
た。
「いーんじゃない?今日ぐらい付き合ってあげなさいよ。」
「リ……!」
「リナさんっ」
ゼロスの声である。
「あ、ゼロス。こっちよ。」
あたしは立ちあがってゼロスを呼ぶ。
「凄いですねえ…大変でしょうガウリイさん。」
「ゼロス……」
低めの、少し怒った声でガウリイがうめく。
「あ、ガウリイ。あたしゼロスと一緒にいるからいいよ。女の子と行ってきて。行
こ、ゼロス。」
「リナッ!」
ガウリイの呼ぶ声を無視してあたしはゼロスの腕をひいて、食堂を後にした。
後ろではきゃあきゃあという女の子達の声がまだ響いている。
あたしはそれを無視してゼロスにチョコレート三箱を渡す。
「はい、ゼロス。チョコレート三人分。」
「ありがとうございます。助かりました♪」
ゼロスはあたしにオリハルコンの入った袋を二つ渡した。
「いいんですか?リナさん?」
ゼロスがにこにこ笑う。
「何がよ。」
「ガウリイさん置いてきて。」
「いーのよ。別に。」
「全然よくなさそうですけど。」
「誰がよっ!」
「チョコレート、ガウリイさんの分もあるんでしょう?」
「こ…これはっ!」
「あるんですね。」
ゼロスは意地悪そうににっこり笑う。
かつがれた………
後悔してももう遅い。
「今渡しておかないと、一生保護者と被保護者のままですよ。それじゃあ、ありがた
くこれは頂戴しておきます。それではリナさん、さよ〜なら〜♪」
言いたいことだけ言ってゼロスはさっさと虚空にとけていった。
「わかってるわよ。」
あたしはゼロスの消えた方向にむかって呟くように言った。
「そんなの、わかってるわよ…」

宿の部屋に帰るとすぐ、ノックの音がした。
いつもの叩き方。ガウリイだ。
「…開いてるわよ。」
椅子に座ったままあたしは言った。
「入るぞ。」
がちゃり
「早かったじゃない。かわいい女の子からおいしいチョコレート、貰えたんでしょ?
よかったじゃない。」
ああ、もうどうしてこんなことばっかり言っちゃうんだろ…
こんなこと言いたくないのに…
「貰ってない。貰わなかった。」
え…?
「どーして?」
「欲しくなかったから。」
「昨日は欲しがってたじゃない。」
ガウリイは苛立たしげに髪をかきあげた。
「あの子達のは欲しくなかったんだ。」
「なんでよ、かわいい子達だったじゃない。おいしそうなチョコレートだったし。」
ガウリイは溜め息をついた。
「そういうかわいいとかかわいくないとか…そういう問題じゃなくて…俺の欲しいの
は……」
ガウリイがこっちを見つめて言った。
「お前のだけだから。」

…………は………?

「$&%‘&$&%’%〜〜〜!!??」
あたしは声にならない叫びを上げた。顔が真っ赤になっている。
「言うのが、遅すぎたみたいだけどな。昨日バクバク食ってたもんなー…」
ガウリイがぼやいた。
「ど、どーいう意味よ?!」
「わからないか?」
こくこくと首を縦に振るあたし。
「俺は、お前が好きなんだ。女として、お前が。」
かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
「ず、ずっと…子供扱いしてたじゃない……」
「だって、お前全然気がつかないし、俺の気持ち。これでも結構アピールしてたつも
りだったんだぞ。」
全っ然知らなかった………
「お前のが欲しかったのに…昨日全部食っちまったみたいだし……」
「あ、あのねっ…あるの……。」
「え?」
「ガウリイの分の、あるの。」
あたしはガウリイに最後の一箱を差し出す。
「それと…あたしも、好きよ…ガウリイのこと。」
ぼそりといった言葉が通じたようで、ガウリイは満面の笑みを浮かべた。
「さんきゅっ!」
ガウリイは包みを開けるとぽいっと一つを口に入れた。
「やっぱ、リナのが一番おいしいよ。」
ガウリイは赤い顔をして笑った。

その様子を見ていたゼロスは一人笑った。
「ご馳走様でした、リナさん、ガウリイさん。あなた達の負の感情は僕が全部食べて
さしあげましたから♪」
まったく、凄い量の負の感情でしたよ。
リナさんも、ですけれどガウリイさんも。
厨房でのこともずっと覗いていてこっちに敵意を向けていましたし。
とくに僕とリナさんが一緒に出ていった時なんて殺気まで混じっていましたからね。
それでも気がつかなかったリナさんも、ある意味すごいですけど。
「ま、最後に上手くいってしまったのはいささか残念ですけどね。」
それじゃあお邪魔虫の僕は、ゼラス様にリナさんの負の感情がたっぷり詰まったチョ
コレートでも、届けにまいりましょうか。
ゼロスはそう心の中で呟いて、闇に溶けていった。

〜〜おわり〜〜