Two reliance







周りがざわめき、視線を上げたスウェルは、息を呑んだ。

パーティーの催される日の午後、外出していた彼の父親が、
あちこち焼け焦げた馬車で帰ってきた。
その馬車の状態に騒然となる玄関先で、それから降りて来たのは3人。
黒髪は、彼の父親であるウォール。艶やかな栗色の髪の、小柄な少女。
日に煌く金色の髪の、整った顔立ちの長身の青年。
落ち着いて辺りを眺める少女の強い眼差しが、窓から外を見る彼の上を掠めて過ぎ
た。
ほんの一瞬だけかちあった視線は、彼に鮮やかな印象を残していた。
すぐに隣の青年に促され、父親と青年と共に屋敷内へ入った少女。
誰かもわからぬまま、時が経ち、パーティーは始まったのだが。
彼の父親のあとに続いて、その少女と青年がホールに入って来たのだ。
『あの娘だ!』

ウォールが彼に気が付き、呼ぶ。スウェルは、はやる気持ちを抑えながら、父親の方
へ近付いていく。
「スウェル、私のお客さんだ。リナさんとガウリイさん。…これは私の息子で」
「はじめまして、スウェルです」
少女―リナが、一度ウォールに目をやり、ふわりと微笑んでスウェルに挨拶を返す。
「はじめまして、リナよ。それから」
「ガウリイだ、よろしくな」
目線で促すリナに、ガウリイも微笑んで挨拶を返す。
そのあと、ガウリイはウォールに促され、一瞬リナを見詰めてから歩み去る。
リナはスウェルと共に窓側に立ち、軽い酒で喉を潤しながら、話していた。
「ずいぶん盛大なパーティーなのね。貴方の誕生祝いなんですって?」
「ええ、20才の。父の後継のお披露目といったところですね」
周りから、男たちの羨望の視線が彼に集まっている。リナがいるからだ。
淡い桜色のドレスを着た、リナ。
白磁の肩や鎖骨までが露になり、華奢な体に沿った線が出るデザイン。
背中に小さな装飾ボタンが細かく並んでいる。肘までの長い手袋。
艶やかな長い髪は結い上げられ、細い首を更に細く見せている。
滅多に見れない、極上の美少女―いや、少女とはもう言えない。美女、だ。

「そう。ウォールさんみたいにやり手な人の後継は、大変でしょうね」
「そうですね…叔父が継いだ方がいいのかも知れませんが…」
「叔父さん?」
「ええ、私よりよほど向いているのではないかと…やる気もあるようですし」
「あら、気の弱いことね。継ぐと決めたのは貴方じゃないの?」
リナの強い瞳に、心の弱い部分が射すくめられたように感じるスウェル。
弱音を漏らしてしまった事をごまかすように、話題を振る。
「あの、いいんですか、ガウリイさんは」
「?何が?」
「ここに居たそうにしてましたが…」
「ああ、いいの。すぐに戻って来るから」
こともなげに言うリナ。その言葉に、二人の方を見やると、
周りの女性達の視線を無視しまくって、こちらに歩いてくるガウリイが見えた。
さっきは男たちだったが、今度は女性達の視線が集まってくる。
秀麗な顔立ち。均整のとれた、鍛えられていると服の上からでもわかる、長身の身
体。
照明を受けてきらきらと輝く長い金髪は、後ろで一つに束ねられている。
光沢のある深い蒼のタキシードを、これほど着こなした人はいたかと思わせる。

「おかえり、ガウリイ。で、どう?」
戻ってきたガウリイに、問い掛けるリナ。
「ああ…」
ちら、とスウェルを見やり。かがんで、リナの耳元で囁くガウリイ。

「…今のところは、大丈夫だが。変な気配がしてたからな、そろそろかもな」
「やっぱりね。ウォールさんも、今晩だろうって言ってたし。
 剣、近くに置いといた方がいいわね…そっちの方、頼むわね」
「じゃ、スウェルはよろしくな。まあお前さんの事だから、大丈夫だろうと思うが」
にやりと笑って、囁くリナ。
「あったりまえでしょ。あたしを誰だと思ってるの」
くすくすと笑って、また囁き返すガウリイ。
「はいはい、お姫様。あんまり派手なことはするなよ」
「わかってるわよ。穏便に、も依頼のうちなんだし」

スウェルは、ガウリイのその仕草にも、それを当たり前のように受けて、
笑いながら囁き返しているリナにも、面食らっていた。
声は聞こえないので、なにを話しているかは分からない。
じゃ、と離れて、一度テラスへ出るガウリイ。
さりげなく、置いていた剣に布を被せて持ち、またウォールの方へと歩いていく。
リナと囁き合っている様子を見ていたはずの女性達が、それでも熱心に、また視線を
向ける。
「…目立ってるわね…全く」
ぼそりとリナが呟くのを聞いたスウェルが、躊躇いながら話しかける。
「…貴女もずいぶん目立ってますよ?二人だと更に目立ちますし」
「え?そうなの?…淡い色にして、抑えたつもりなのに」
確かに化粧も控えめだが、それも逆に彼女に、儚くて華奢な印象を与えている。
全く抑えられていないが、と思いながら、遠慮がちに問い掛けるスウェル。
「あの、ガウリイさんとは、どういう…?」
「…そうね、相棒よ。長く一緒に旅してるわ」
「…どんな人ですか、貴女にとって」
困ったように、彼を見返すリナ。
「何故そんなこと聞くの?答えないといけない?」
「出来れば。どうやら私は、貴女に惹かれているようなので」
直球な言葉に、目をぱちくりさせる彼女。
「ずいぶんとまた、ストレートねえ。いつもそうなの?」
「いえ、そんな事は無いはずなんですが…」
自分でもよく分からない、といったスウェルの表情に、リナがくすりと苦笑する。
「惹かれている、とは違うわよ。迷っている時は、迷ってない人を眩しく思うの。
答えてもいいけど…聞いてどうかなるの?」
「分かりません、聞いてみないことには。どうか教えて頂けませんか」
いつもみたいに彼のことを茶化したいところだが、真剣な様子だからやめておく。
リナは少し考えて、目を閉じながら、口を開く。
「…光、扉、捜してた半分……あたしにとって、世界と等価―いえそれ以上のひと」
答えた瞬間、誰かの悲鳴が聞こえた。

リナとスウェルが、ハッとして悲鳴の聞こえた方向をみる。
そこでは、ウォールとガウリイが、剣を持った男達にぐるりと囲まれていた。
揃って黒いタキシードを着、顔の下半分にこれまたおそろいの白い布を巻いている。
隣の男と音を立てて剣を合わせ、そのあと、反対隣の男とも合わせる。
「…剣舞?ああいう予定、あったの?」
「いいえ、そんなはずは…」
微かに眉をひそめて問うリナに、戸惑いながら答える。
今度はウォールに対して、一斉に剣を向ける男たち。
「父さん!」
叫んだスウェルが走り出そうとした時、リナが止めた。落ち着いた声で。
「大丈夫よ、ガウリイがいるから。貴方はここにいるのよ」
彼は、彼女を一度振り向き、叫ぶ。
「でも!」
「いいから。ここにいるの」
凛としたその声と、瞳のちから。言葉にあるのは、ガウリイへの全幅の信頼。
反論を許さないというリナの雰囲気に飲まれ、立ち止まる。
もう一度男たちのほうを見れば、いきなり男たちの中から1歩進んだ男が、
更にウォールに対して剣を振りかざし、振り下ろす。
響く女性達の悲鳴。きん、と金属がぶつかる音がした。
いつのまにか剣を持ったガウリイが、振り下ろされた剣を受け止めていた。
口元に笑みさえ浮かべて。
受け止められて狼狽する男を、そのまま力で押し返し、
接近して首筋に軽く手刀を入れ、気絶させる。
ウォールを庇いながら、そのまま男たちを1人また1人と、床に沈ませていく。
流れるようなその動きと、それにあわせてさらさらと流れる髪、うっすらと浮かべた
ままの笑みとで。
そのこと自体が、何かの演し物のように見えている。見せている。

呆然とそれを見ていたスウェルは、リナの声で我に返った。
「そんなものを持って、どこへ行くんです?折角の見世物なのに」
その声にリナの視線を追うと、すぐそこに、彼の叔父が短剣を握っている姿が見え
た。
「叔父さん…?」
「もう全部ばれてるのよ。諦めなさい」
スウェルと叔父の間で、凛とした声で告げるリナ。対して叔父は、明らかにうろたえ
ていた。
リナが結い上げた髪の中から針らしきものを抜き取り、男に向かってその手を上げ
る。
「リナさん!何をするんだ!」
訳がわからないまま、リナの腕をつかみ、止めるスウェル。
その瞬間、踵を返し、剣を握り締めたまま、ウォールの方へ行こうとする男。
リナはそれを見て、スウェルをきっ、と睨み、小さく叫ぶ。
「放しなさい!」
驚いた彼が手を放したと同時に、リナが針を投げる…床に向かって。
かつ、と男の影に刺さる。とたん、歩いていたはずの男は、そこから動かなくなる。
息をつくリナが、呆然としたままのスウェルに目をやり、話し掛ける。
「スウェル。貴方の叔父さんを、眠らせて運び出すわよ。手を貸して。
急がないと、皆がこっちに気付いてしまうから」
言って、固まったままの男に近寄り、小さく呪文を唱えて眠らせる。音もなく床に沈
みこむ男。
また別の呪文を小声で唱え、眠っている男に軽く触れる。
「そっち支えて。気をつけて、軽くしてるから」
とりあえず、近くの空部屋に運び、ドアの外で控えていた執事に縛らせる。
そのままホールに戻ると、わっ、と歓声が上がった。
ガウリイが、最後の1人を気絶させたところだった。
そのまま、騒ぐ客達に軽く礼をとったあと、リナと目線を合わせる。
リナが頷いたのを認め、ウォールと共に歩いてきた。

客達がガウリイに近寄ろうとするが、主催者であるウォールを憚って、断念したらし
い。
「何とか終わったようですね…感謝します、お二方」
「それには及びません。依頼を果たしただけですから」
「それでも、誰にも気付かれずに済みましたから」
「では、これで完了、ということでいいですね」
「…依頼?」
ウォールとリナの会話に、ぽつりとこぼすスウェル。ウォールが答える。
「私が、最近色々と危ない目に遭っていたことは知っているだろう?」
「はい。…もしかして今日のあの馬車も!?」
「そうだ。野盗らしき男たちに襲われてな。その時に助けてくださったのが、このお
二人だ。
彼女達は…私でさえ分かるほどの、強さだった。無理を承知で、急な仕事を依頼した
のだ」
「仕事って、…叔父さんが…?」

「そういう事よ。貴方に説明してなかった理由は、ウォールさんに聞いてね」
スウェルにそう告げたリナは、ガウリイに向かい合う。
「あんたもね、あんな事でこんな傷なんて、作らないでよ」
「最後の奴が一番使える奴だったんだよなあ…かすり傷だし、すぐ治るぞ」
構わずに、両手をガウリイの頬にのばし、また小声で呪文を唱えるリナ。
ガウリイは、淡く微笑んで目を閉じ、リナの細い腰の後ろでやわらかく手を組む。
両頬に、ごく細く走っていた幾本かの傷が、ゆっくり消えていく。
「はい、終わり…と」
言って、離れようとしたリナが、微かにふらついた。難なくガウリイが支える。
「やっぱり疲れてるんだよ、お前さん。――ウォールさん、オレ達部屋に戻ります」
その二人の光景にみとれていたウォールが、我に帰る。
「あ、ああ。無理を言ってすみませんでした、リナさん。すぐにお部屋へ案内させま
す」
「いいえ、最初に通された部屋に行きますから。それじゃ」
と言い置いて、リナをひょいと抱き上げ、ホールを出ていくガウリイ。
ホール中の人間の視線が、二人に注がれていたことに。
彼女達は気付いていただろうか?

「やっぱりなあ…」
「父さん?何がやっぱりなんです?」
ぽそ、とウォールが呟くのを聞いたスウェルが訊ねる。
こちらも、暫くみとれていたのだが。
「いや、最初に通した部屋、っていうのは、ひとまずだったから…その、夫婦用の客
室だったんだが」
「……ああ、なるほど…」






おわり。…変だあああ!