満月の下で







うさリナ後日談




 ガウリイは、一大決心を固めていた。
 今日の夜……月華祭の夜に、リナにプロポーズすることを。


                ∬∬∬


 その事件が始まったのは、ちょうど一年前の月華祭の数日前だった。
 野犬に襲われていた一匹の小さな白ウサギ……そのウサギを助けたことでガウリイの生活は大きく変わっていった。
 そのウサギが実は魔法によって姿を変えられた一人の少女であったのを知ったのは、ウサギを助けてから数日後のこと。
 彼女を狙う魔法使いのために一時は絶望にかられたこともあったが、今彼女はかけられていた魔法も解け、平和に暮らしている。
 しかしながら。
 ガウリイにとっては、それからがむしろ問題だったのだ。
 人間に戻った彼女の名前はリナ=インバース。実は様々な薬、特に魔法薬の専門家としては結構名が知れ渡っていた。
 そんなことよりガウリイにとって頭の痛い問題は、彼女が男達の目を引かずにはいられないことだった。
 もちろん本人は全く気がついていない。気がついていない故にガウリイ以外の男にも無防備な笑顔を見せてしまう。(営業用スマイル含む)
 彼女がガウリイの家の近くに住んでいるのならまだ彼女に近づく悪い虫を追い払えるから良かったのだが、リナの家は朝出て夕方着くくらい離れているのだ。そして二人とも仕事を持っているためにそうそう会えるわけではない。
 自分がいないときにまたゼロスのような不届き者が現れないという保証は全くない。かといって仕事をするななんて言えるわけがない。
 ……だからこそ。
 リナが自分以外に笑顔を向けないようにするには。



 彼女を、自分だけのものだと宣言できるようにするしかないのだ。



 だがしかし。
 ガウリイの思う通りにならないのが世の常というもの。
 そう。今回は……
「王族!?」
「あぁ。なんでもどっかの王族がここの月華祭の話を聞きつけたらしくてな。何が何でも参加するって言い出したらしい」
「で?」
 すがりつくようなガウリイとルークの視線を無視し、ゼルガディスは冷たく言い放った。
「全員参加で祭りの警護だそうだ」
「ぬぅあにぃ〜〜〜〜〜っっ!!」
 ゼルガディスの台詞にガウリイは思いっきり叫び声をあげた。
「先に言っておくが……途中で抜けるのも厳禁だそうだ。分かったな」
 それなら途中で抜け出す。そう考えていたガウリイとルークは思わずびくりと体を震わせた。
「ゼ〜ル〜〜〜〜」
「俺に泣きついても無駄だぞ」
「うぉぉぉぉぉぉミリーナァーーーっ、俺の愛はこんな事でくじけないぞーーーっっ」
「どうでもいいです」
「しくしくしく……」
 相変わらず冷たくあしらわれているルークと、祭りの夜仕事が抜けられないと分かったガウリイの出す重苦しいオーラにゼルガディスは溜め息をついた。



 悪いコトとは重なるもので。
「え?あぁ月華祭?」
「あぁ……仕事が抜けられそうになくってさ」
「ふぅーん……ま、いいわ」
「へ?」
 あまりにもあっさりとしたリナの反応に、ガウリイは呆気にとられた。
「あたしもその日、用があるから。仕事が忙しいならちょうど良かったわ」
 ガウリイと違い、リナはまったく気にならないようだ。むしろガウリイが忙しい方が都合がいいと言う。
 ガウリイは自分のどこかに亀裂が入ったのが分かった。
 用?用だと?
 しかも俺がいない方が都合がいい!?
 月華祭は告白の夜。まさか…まさか……!?
 ガウリイの動揺に全く気がつきもせず、リナは軽く手を振るとさっさと行ってしまったのであった。


                ∬∬∬


 悶々とした日が続き…ついに祭りの当日の夜が来た。
 街中に溢れた白い衣服の少女達が黄色い月見草を手に笑い合う。
 その様子をガウリイは苦虫を噛みつぶしたような顔で見ていた。
 が……それはガウリイに限ったことではなかった。
「ダーリン……これが私の気持ちですわ。受け取って下さいます?」
「嬉しいよ子猫ちゃん…今夜の君はいつにもまして美しい」
「いやん、ダーリンったら……」
「本当だよ。それに…白いドレスを纏って頬を染めたその姿……可憐だ」
「ダーリンも、格好いいわv」
「子猫ちゃんv……」
「ダーリンvvvv……」

ぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶちぶち

 目の前でかわされる会話に、ガウリイは自分の中の何かがグロス単位でぶち切れていくのを感じていた。まさに彼の怒りはゲージマックス状態にある。
 かろうじてガウリイの理性をつなぎ止めていたのは『ここで騒ぎを起こせばリナと会えなくなるぞ』という、ゼルガディスの一言であった。
「こいつらさえ来なければ……今頃は……」
 ガウリイの隣で同じような表情のルークが呟く。今回ばかりはガウリイも同意見だった。
 それに。俺はルークと違ってすでにラブラブだし。(ガウリイの主観)
 ちらりと周囲を見ると、彼女持ちの同僚は皆一様にうんざりとした顔をしていた。
 ちなみに、彼女いない歴更新中の同僚は妙に上機嫌であったが。
 ガウリイ達のいらいらと怒りをよそに、自分たちの世界を作り上げた彼らは延々ピンクのオーラを振りまき続けていた。


 ガウリイがようやく務めから解放されたのは、祭りが終了し客を無事宿に送り届けた後だった。


                ∬∬∬


 ガウリイは疲れ切っていた。
 このまま歩いて家に帰るのもおっくうだった。別に待っている相手がいるわけでもないのだから。
 けれどカップルだらけの街にいるのはもっと嫌だった。
 思い出すのは『用があるからガウリイが仕事の方が都合がいい』と言ったリナのことだった。
 彼女に好きな相手がいるという事なのだろうか。
 とてもそうとは思えないが、彼女の傍に四六時中いられるわけではない。自分のいない時にリナに言い寄る男がいて……恋愛事に免疫のなさそうなリナが相手の男の言葉にくらっときてしまったのだとしたら……!!





「これ……あたしの気持ち……」
 そっと差し出される一輪の月見草。頬を染めて立つリナに男(注、シルエット)が腕を伸ばし柔らかな髪を指に絡める。
「嬉しいよ。でも僕でいいのかい?確か君に近寄っている男がいただろう?」
「あぁガウリイのこと?いいのよ、あんなクラゲのことなんかほっといて」
「そうか……」
 月見草ごとリナの白い手を取る男はそのまま彼女を抱き寄せる。
「今夜は離さないよ…リナ…」
「嬉しいv」
 そして二人の影がゆっくりと重なって……





「だぁぁぁぁぁぁっっっっっ!止め止めえぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!」
 思わず叫びながら頭をぶんぶんと振り回す。
「だめだリナ。早まるなぁっっ」
 冷静になって考えればリナがそんな行動をとるわけがないのだが、今のガウリイにまともな思考をしろと言う方が間違いである。
 その時、嫌な予想を振り払おうとしたガウリイの目に、暖かな明かりが飛び込んできた。
「あれは……」
 この辺りには他の家はない。
「まさか」
 今まで重かった足が嘘のように軽い。慌てて駆けだしたガウリイは自分の家に飛び込んだ。
「あ、お帰りガウリイ」
「………リナ」
「さすがあたしってば上手ねぇ。今丁度準備できたトコよ」
 そう言うとリナは白いエプロンを外しながらにっこりと微笑んだ。


                ∬∬∬


 テーブルの上には手の込んだ様々な料理が所狭しと並べられていた。
「手、洗ってきたわね。それじゃ食べましょうか」
「なぁリナ、これって……」
「いいからいいから。それとも何?あたしが作ったものなんて食べられないとでも!?」
「とんでもないとんでもない」
 あわててガウリイは席に着いた。
 他ならぬリナの手料理を食べないわけがない。
「じゃ……はいガウリイ」
 リナは氷で冷やされたワインを取り出すとガウリイのグラスに注いだ。
「リナのは俺がやるよ」
「そう?んじゃお願い」
リナが持ったグラスにワインを注ぐ。彼女の瞳と同じ色の液体が明かりを反射してちかりと光った。
 軽くグラスを合わせて口を付ける。
「どう?これ」
「……うまい。こんな上手いワイン初めてだ」
 正直な感想を述べるとリナは嬉しそうに笑った。
「良かった。これね、あたしが生まれたときに父ちゃんが作ったワインなの」
「え?」
 リナは懐かしそうにグラスの中の液体を見つめた。
「話したことなかったわね。あたしの父ちゃん、趣味でワイン作りやってたんだ。結構人気あったのよ。ご近所に、だけど」
「じゃあ、大事な物じゃないか。いいのか?俺なんかに」
「いいの。それに……」
「それに?」
「ガウリイに、飲んで欲しかったから……」
 ガウリイはびっくりしてリナの顔を見つめた。途端に真っ赤になるリナ。
「別に特別な意味があるんじゃないわよ!ただ……」
「?」
「……去年、あんたが助けてくれなかったらあたしどうなってたか分かんないじゃない?お礼ったってたいしたこと出来ないし……その時思い出したのよ。父ちゃんのワインの事」
 真っ赤になって俯いてしまったリナに、知らずガウリイの顔にも笑みが浮かんでいた。
「そっか……ありがとな。
 それにしても、一人でこれだけ作るんじゃ大変だっただろ」
「大丈夫。アメリアと一緒だったし」
「アメリアと?」
「そう。実は今日アメリアの所に泊めてもらう事になってるの。アメリアも今頃ゼルに手料理振る舞ってるはずよ」
「ゼルに?」
 ………と、いうことは………
「ひょっとして、リナの用ってこの事か?」
 リナは照れたように肩をすくめて見せた。
「当たり。だから、ガウリイがいない方が都合が良かったの。びっくりさせようと思ったし」
 何だ。そうだったのか。
 ガウリイはテーブルの上の料理を見つめた。自分を驚かせよう、喜ばせようと作ってくれた、その料理を。
「…ほら、冷めちゃうじゃない。温かい物は温かいうちじゃないと美味しくなくなっちゃうんだからね」
 照れ隠しにリナが声を上げる。
「おう。実はものすごく腹減ってたんだ。リナの手料理旨いからなぁ。ここのとこご無沙汰だったし」
「しょうがないじゃない。そうそう家開けられないんだから」
 そう言いながらリナはガウリイの皿に手早く料理をよそった。
「さ、どうぞ」
「いただきます。……うん、旨い」
「当たり前でしょ。このあたしが作ったんだから」
 こうして和やかながら壮絶な(?)晩餐が開始された。



「はぁーーー、食った食った。やっぱリナの作る飯は最高だなぁ」
 それも、俺のために作ってくれた物。
 手早く台所を片づけたリナはデザートと香茶を手に戻ってきた。
「………こういうのって何かいいな」
「え?」
 香茶のカップを手にしたリナが首を傾げる。
「だからさ、家に帰ったとき、迎えてくれる相手がいるっていうのが、さ。冬なんて真っ暗なうえ外より少しマシってなぐらい家の中も冷え切ってるだろ。あんまり寒くて酒だけ飲んで寝たことだってあるし」
「……そうね。あたしもそれは分かるな……」
 ぽつりとカップに視線を落としたままリナは呟いた。
「あたしもね、家には暗くなる前に入ることにしてるの。真っ暗な部屋ってそれだけで何だか嫌なものだし。出かけるときも家には明るいうちに着くように計画するし」
 ふとガウリイはリナの家庭環境を思い出した。家族と暮らした思い出のある家。それだけに一人きりで迎える夜は寂しいものだったのだろう。
「あたしもね、楽しかったよ。アメリアとさ、『どんなメニューがいいかな』って話したり作ったり……一人で一人分作るよりずっと」
 そう言うとリナは紅茶を飲み干して立ち上がった。カップを水ですすいで振り返る。
「あたしもう帰るね。ガウリイも疲れてるでしょ、ゆっくり休んで」
「送るよ」
「いいわよ、そんなに遠いわけじゃないし」
「何言ってるんだ。それに、ここでリナを一人でアメリアの所に行かせたら、アメリアが『そんなの正義じゃありません〜』って言って怒鳴り込んでくると思うが?」
「それもそうね。んじゃ、悪いけどお願い」
 くすりと笑うとリナは置いてあった小さなバッグを手に取った。


                ∬∬∬


 満月の柔らかな光の中を二人は連れだって歩いた。
「今日は本当にありがとな。リナ」
「どういたしまして」
 ガウリイはリナに気がつかれないようにポケットの中を探った。
 本当を言うとリナを帰したくはなかったが、アメリアと話が付いている以上引き留めようなら確実に来る。
 何回もいいところで邪魔されてきたガウリイとしては、今回ばかりはアメリアに出てきてもらうわけにいかない。
「なぁ、リナ」
「何?」
「お前さんの家とここを往復するんじゃ大変じゃないか?」
「まあ、ね。けど仕方ないじゃない?」
「………ここに、住まないか?」
「え?」
 ガウリイの前を歩いていたリナが驚いたように振り返った。心なしか、顔が赤い。
「今日、リナが家で食事の用意して待っててくれただろ。あれ、ものすごく嬉しかった。
 これで終わりじゃなくて、毎日こうしたい」
「……あんた、意味分かって言ってるの」
「もちろんだ」
 一歩前に進む。リナはじっと立っている。
「リナ……俺と結婚して欲しい」
「……いいの?あたしなんかで」
「リナでもいいんじゃない。リナだから結婚して欲しい。リナじゃなきゃだめだ。リナ以外いらない」
 ストレートなガウリイの言い方にリナは真っ赤になって俯いてしまった。
「あんたってば……何でそう恥ずかしい台詞を……」
「遠回しな言い方はしたくないから。それとも、リナは俺じゃ嫌か?」
「…………嫌いな相手のご飯作りに来たりしないわよ。それも秘蔵のワイン付きでなんて」
 俯いたまま呟くリナの頬に手を伸ばし、そっと上を向かせる。
「俺の所に来てくれるか?リナ」
「………はい」
 思わず力一杯抱きしめそうになるのを何とか堪え、ガウリイはそっとリナを抱きしめた。

 一つに重なる影を、満月だけがそっと見守っていた。













「実は、さ…」
「ん?」
「あのワイン……結婚式の時に開けろって言われてたの」
 くすり。
「じゃ、あの味は俺だけのものって事だな」
「/////(真っ赤になっている)…ばか」
「こっちのワインも味見するかな」
「え、ちょ………」

お後がよろしいようで。