悪 夢







あたしは走っていた。
真っ暗闇に光が一つ。
ただそれだけを見て。
あたしは走りつづけていた。
何故執拗に走っているのかわからない。
だけどあたしは走りつづけた。
後ろにいる気配はあたしの相棒。
金髪、青い瞳のハンサムであたしの保護者を自称しているが、頭の中にはタルタル
ソースが詰まっている。
その気配は離れず、だけど近づくこともなくあたしの後をついてくる。
それが当たり前で。
後ろを向かなくてもあいつはいるって思ってた。
離れることなんか想像できないから、あたしはただ前だけを見て走っていた。
そしてあたしは気がつかなかった。
後ろの気配がどんどん離れていくことに。
そしてふいに。
気がつく。
いつも後ろをついてくる気配が消えていることに。
そこではじめてあたしは後ろを振り向く。
いつもの太陽のような笑顔はない。
あるのはただ底なしの闇。
焦って彼の名を呼んでも、それはただ闇に消えた。
そして恐くて前を向く。光を求めて前を向く。
でも、底にはもう光はない。
そしてあたしは今更気がつく。
あたしが追っていたのは、求めていたのは、すぐ後ろにいたものだったんだ、と……
そして彼の名を呼び、闇の中で。
闇に脅える幼子のように。
ふいに、闇が濃くなってイキナリあたしを飲みこんだ。
悲鳴を上げても、いつも傍にいた彼は助けにきてくれない。
だって、もういないから。
どこにも。
もう……
でもただ叫ぶしかなかった。
叫ぶしか出来なかった。
「ガウリイ!!」
悲鳴のような叫び。そしてあたしはベッドから飛び起きた。
ハァッハァッハァッ
全身汗だく。心臓は早く脈打ちあたしの息を荒げさせる。小刻みに震える肩。そして
瞳には……涙。
「………夢………よね。悪夢…なんて…見るの…何年ぶりだろ……。しかも…泣くな
んて。郷里の姉ちゃんに知れたらまたからかわれるだろうなぁ………。でも、夢の内
容が…ガウリイがいなくなっちゃうなんて……洒落になんないじゃない……やめてよ
ねぇ……本当に……。もう……なんでこんな夢、見ちゃったのかなぁ……」
独り言を漏らしてみる。涙がシーツを濡らす。声が震えている。いくら待っても心臓
の音が小さくならない。涙も止まらない。ガウリイにさっきの悲鳴がきかれなきゃい
いけど……こんな泣き顔見せられないじゃない。
……………。
ガウリイに……?
さっきのは、本当に夢?
ガウリイは本当にいるの?
「…………。」
衝動的な不安にかられて、隣の、ガウリイがいるはずの部屋の気配を探ってみる。
――――いない?
彼の部屋の中から気配がない。あたしの脳裏に夢が甦る。
「……!」
涙を拭うのも忘れ、あたしは確かめるべくドアの鍵を開け勢いよくドアを開け、その
勢いでガウリイの部屋へ走って、いこうとした、が。
どんっ
誰かにあたる。あたしは反射的に顔を上げる。
「あ………」
思わず声を漏らすあたし。
「ガウリイ……。」
安心感が体中に広がる。
ぶつかったのはガウリイだった。
「リナッ!?」
ガウリイはあたしの顔を見るなり、驚いた顔になった。
「お前…!どうしたんだ……!?」
「どうって………」
「なんで泣いてるんだ!?」
あ、そういえばあたし涙も拭ってなかったっけ。
…涙拭ってたらこんな薄暗い廊下じゃ泣いてるなんてわからなかっただろうけど……
あたしは真っ赤になって下を向く。
うわぁぁぁ!(////)
ガウリイには一回泣き顔見せたことあるけどッッ!
でもでも泣いた理由が今度はガウリイのせいで!
いや勿論夢だからガウリイにはわかんないだろうけど!!
でも何か恥ずかしすぎだよッッ!!
下を向いてパニック状態に陥っていたあたしの頭にガウリイはぽんぽんと優しく手を
置く。
「リナ…どうかしたのか?」
優しい声のガウリイ。まるで子供にするように。
夢のことをふと思い出す。
保護者はあたしが子供の間だけ。
「リナ……?」
でもあたしはもう十八だ。子供っていえる年齢じゃない。
…胸がやや小ぶりなのは変わらないけど、昔と比べれば大きくなったし、背も少しは
伸びたし……。
じゃあ、あたしがガウリイにとっても子供といえる年齢じゃなくなったら?
ガウリイは保護者じゃなくなる。
じゃあ。
ガウリイは本当にいなくなるの?
あの夢のようにいなくなるの?
いつまであなたは傍にいるつもりなの?
ガウリイにとってあたしってなに?
わからない。
はっきりさせたい。
いつ終わるかもわからない恐怖に脅える旅。
イヤ。そんなのあたしらしくないじゃない。
あなたはどう思ってる?どうしたいの?
「離して。」
「え?」
「頭の手、どけて!さっさと部屋に帰って!!」
ぴしゃり
叫んであたしは彼の手を払う。本当はこんなことするつもりなかった。こんな鋭い声
で怒鳴るつもりなかった。でも、最近何故か子供扱いされると不機嫌になる。心が不
快でいっぱいになる。そして今日は夢のこともあってあたしは気が高ぶっていた。だ
から止められない。自分の感情が制御できない。苛立ちが溢れ出る。
「何するんだよ!!俺はただお前を心配して…!」
「帰ってって言ってるのよ!聞こえなかったの!?いつもいつもあたしのこと全部わ
かったような気になって心配して!お節介なのよ!あんた一体あたしのなんなのよ!
?」
違う。こんなこと言いたくないのに。こんなのただのやつあたりなのに。言葉が止ま
らない。
「……俺はお前の」
ガウリイが何か言おうとする。いつもの「俺はお前の『保護者』だ」に決まってる。
聞きたくない。あたしはそんな言葉を望んでいない。だからガウリイの言葉を途中で
遮る。
「保護者、でしょ!?でも自称じゃない!あたしもう十八よ!?もう保護者なんて…
!」
「リナッッ!!!」
びくんっ
ガウリイの怒った声がした。顔があげられない。
「…そうかよ……俺のことそういう風に見てたなんてな……。」
ガウリイは静かな、でも怒りのこもった声で言う。
「……じゃあ勝手にしろッッ!」
また怒鳴る。今度はさっきよりももっと大きな声で。
とっさに顔を上げるとガウリイの悲しみと怒りの入り混じった表情があった。
ズキンッ
胸の奥が痛い。
ガウリイが踵を返してあたしから離れていく。呼びとめたいのに、違うって言いたい
のに。言葉が出てこない。
止まったはずの涙がまたぽたぽたと落ち始めた。
亀裂の音がした。
小さく、でも確実に。
この時確実にあたし達の関係にヒビが入った。

数日が経った。
実はあたし達はそれからもかわらず旅をしていた。
だけど。
いくら表面上がもとに戻ろうとも。
離れてしまった心は戻らない。
亀裂の入った関係は戻らない。
ガウリイはもとに戻ったつもりかもしれない。
あの日の次の日にはもういつもののほほんとした顔に戻っていたから。
だけどあたしはそんなに器用でもできた人間でもない。
亀裂が入ったことによって気がついてしまった想いもある。
あたし…ガウリイが、好きなんだ。
そうじゃないと、喧嘩しただけでこんなに胸が疼くわけないから。今までに感じたこ
とないほどの動悸を感じるわけないから。
でもそれがわかっても、いやわかってしまったからこそ。あの時のガウリイの怒鳴っ
た声が残っていて、恐くて、あれからガウリイと話す時も目線を少しずらしている
し、会話も何かあたりさわりのない話題をふる。相手からの言葉を適当にかえす。
表面上は普通に、いつも通りに取り繕って。
あの日のことは話題にもしない。
二人とも謝ってもいない。
ただ、離れた心のまま、区切りもつけずにずるずると一緒に旅をしている。
「なあ、次の町まであとどれぐらいだ?」
「う〜ん。そうねぇ……。」
地図を広げて現在地をだいたい予想し太陽を見る。すでに西にかなり傾いている。
「ここからじゃけっこうあるわね。これじゃ急いで歩いても今日中には次の町につか
ないわ。あ〜あ、野宿か〜〜。」
「ふ〜ん、じゃあどこで野宿するんだ?」
「そーね…この地図の…この森はどう?あと二時間も歩けばつきそうだし。薪も集め
なくちゃならないから、つくころには夕方になってるだろうし。もう少し行ってもい
いけど夜中に薪集めにうろつくのイヤでしょ?」
「じゃあ決定だな。」
「さ、行きましょ。」
あたしはそういって話を終わらせる。
そういえばあの日から冗談やじゃれあいがなくなったような気がする。何か物足りな
いようで、何かほっとしたような。
こんな状況で子供扱いされたら、本当につらいから。
こんな想い消し去れたら楽なのに。
なのに日増しに強くなるあたしの想い。
こんな気持ちをどうすればいいんだろう。

無事に野宿することに決めた森に到着し、薪を集めて燃やし、ガウリイに焚き木の番
をまかせてあたしは横になろうとしていた。
「じゃあおやすみ、ガウリイ。」
「……リナ。」
いつもと若干違う声音でガウリイがあたしの動きを止める。
「……なに?」
何となくいやな予感がした。
あたしのこういう予感はよくあたる。
案の定、あたりだった。
「この前の夜……」
やめて。あの話はしたくない。
「ガウリイ。」
静かな声であたしは言った。ガウリイの言葉を遮って。
「薪、足りないわね。やっぱりあたし、拾いにいってくるわ。すぐ戻ってくるか
ら。」
「リ……」
手を伸ばしてくるガウリイ。
「ホントにすぐ戻ってくるわよ。心配しないで待ってて。…自称保護者さん。」
一瞬、ガウリイの手が止まって、微妙に顔が歪んだような気がしたが、気のせいだろ
う。焚き火の火の近くは炎の揺らめきで景色がゆらゆらゆれているような錯覚を覚え
てしまうから。
「………ああ。気をつけろよ。」
そういって伸ばした手で頭をぐしゃっと撫でる。
ズキリ
胸が痛む。でも無理して笑顔を作る。
「いってくるわ……」
そう言ってあたしは森の奥へと踏み入っていった。

「……はぁ………」
リナが離れてから数分後、気配が完全に離れたのを確認して俺、ガウリイ=ガブリエ
フは深く溜め息をついた。
「リナの奴……どうしたっていうんだよ……」
数日前の夜、泣いているリナを見て、泣いた理由も言わず、突然怒りだしたリナに対
して大人気なく怒鳴ってしまった。あれからリナの様子がおかしい。怒鳴らなければ
よかった…今更後悔の波が押し寄せる。

『もう保護者なんて…!』

でもこの言葉が。
一番恐れていた言葉が出かけて、つい怒鳴ってしまった。
保護者と被保護者。
それが俺とリナを結ぶ唯一の糸。
でも俺はリナをそういう風には見ていない。
とっくの昔から。
俺はリナを女として見ている。
どれだけそのことを伝えようと思ったことか。
いや、現に言いかけた。
口論になって

『あんた一体あたしのなんなのよ!?』

その答えに、言ってしまいそうになった。

俺はお前のことが好きだ。

と。俺はお前の、までしか言えなかったが。
保護者。
リナが大人になるまでの短い束縛。
その鎖が解けたら、俺はどうなるのだろう。
リナはどうするのだろう。
離れるとリナが言ったら俺は、どうするのだろう。
笑って別離の言葉を伝えるのか、執拗な男としてつきまとうのか。
「全てはリナ次第、か……。」
俺に選択肢はない。あるとしたらただ待つことだけ。
俺はしばらく何も考えずに、彼女と同じ瞳の色の炎を見つめる。
そしてふと気がつく。
「……リナ、遅いな…。」
あれからかなり時間は経っている。立ち上がって暗い森に入りリナの気配を探ってみ
る。微かだが気配がする。
遠くには行っていないようだが……動く気配がない。
俺は気配を殺してリナの気配のする方向へ近づく。
いた。後ろ姿だが。
「……っ…………」
声をかけようとして。俺の耳はわずかな音を聴き取る。思わずしげみをかき分けかけ
たポーズのままで固まる。
「…ふ…っ……ぅっ……っ……」
ぽたっ…ぽたっ……
水が落ちる。彼女のすぐ下の地面に黒いしみが出来ていく。
「………!」
嗚咽。本当に小さい。こんなに近くによってもほとんど聞こえないくらい小さな。リ
ナが声を殺して泣いているのだろう。
必死に彼女は涙を手で拭う。
何で。
何で俺を頼ってくれないんだろう。
三年も一緒にいるのに。
俺といた時間は何なんだろう、リナにとって。
俺にはリナを少しもかえることが出来ないのだろうか……
無力感。
それが俺を苛む。
「……リナ。」
「!!!」
リナの肩が震える。
「何で、泣いてるんだ…?」
「泣いてなんかいないわよ。どうしたの、ガウリイ。」
涙声でもなく、弱々しい声でもない。
いつも通り。
ただこっちを向かないこと以外は。
「…こっち向けよ。」
「薪、まだ集まってないから。もう少し待っててガウリイ、後少ししたら戻るか
ら。」
無視を通すリナ。でもここで引き下がったら、前の夜の二の舞になってしまう。
「リナ!」
腕を思いきり引っ張る。そしてリナを俺の腕で包み込む。
「やっっ!!」
拒絶の声。それを無視する。
「離し…!」
「リナ…頼む。話してくれ。泣いたわけを……お前の泣き顔は見たくないから…。話
すだけでもいいから、頼むよ…。」
強く抱きしめて耳元で囁く。リナはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開い
た。
「…話すから。だからちょっと離して。」
言う通りに束縛をとく。
リナは涙をためた赤くはれた瞳をこっちに向けて。言った。
「…ガウリイ……ごめん。あたし、もうガウリイと一緒にいられない。」
一瞬頭が真っ白になった。
「何でっ!?」
「……き…なの……」
リナが何かを呟く。泣きながら。
「え?」
「…好きなの、ガウリイが…好きなの……」
???
好き?
誰が、誰を?
リナが……俺を!??
俺は目を見開いてリナを見る。
「だから…一緒にいられないの……ガウリイにとってあたしは子供だから、もうあた
しは子供扱いされるのが耐えられないから、だから…あたしもう……一緒にいられな
い………」
泣きじゃくり、ただ苦しげに、そう訴える少女。
「なんで離れる必要があるんだ?」
「だって…もう、あたし苦しくて、どうしようもないの…!何度も消そうとした、で
も…消そうと思っても、あんたの傍にいるとこの思いが消えないの…!だから…だか
ら…もう……」
ずっと不安なのは俺だけだと思っていた。
だけど…お前も辛かったのに、俺と同じ気持ちだったのに…また気付いてやれなかっ
たんだな……俺は。
「ごめん……」
「謝罪の言葉なんていらないわ…。だってそんな風に言われたら…忘れられなくなる
じゃない…!あんたのことっ…!拒絶してよ!はっきり、あんたの気持ち言って!区
切りつけたいのよ…!お願い…!」
「…わかった。」
俺はそういうと次の瞬間リナを思いきり抱きしめていた。そして耳元で囁く。
「好きだ、リナ…」
「え!!?」
驚愕に見開かれる赤い瞳。
「保護者とかの好きじゃなくて、男としてリナが好きだ、愛してるんだ……。今まで
黙っててごめん、好きだっていってくれてありがとう………」
「……ガウリイ……それ、本当?」
「ああ。…俺、卑怯だよな。保護者とかいいながら…本当は男として守ってきたなん
てさ…。この前怒鳴っちまったのだって、保護者はもういらない、とか言われそうに
なって…離れるのが恐くてカッとなって…ごめん、リナ…軽蔑してもいい。」
「ううん…。」
リナは静かに首を振る。
そして俺の背中に手を回し、優しく静かに言った。
「軽蔑なんてしないわ。だってあんたは今本当のことを言ってくれたじゃない。あた
しが好きだって……あたしも、さっきいった様にガウリイが好きよ、気付いてあげら
れなくてごめんね…あと、この前の夜、イキナリ怒ったりしてごめんなさい…。あた
しも、さ。ガウリイがいなくなるかも、って思ったら恐かったの。夢、そういう夢見
ちゃって……つい泣いちゃって、それでその夢の通りになったら、その夢の通りにガ
ウリイが離れていったらとか思ったらなんか、わかんなくなって……。とにかく、ご
めん、ごめんなさい……」
「いいよ、もう謝らなくていい。好きだ、リナ……」
「あたしも…好き。」

月明かりが見つめあう二人を照らす。
そして二人は静かに顔をよせていった。
そんな二人を静かに星達は見守っていた。
〜〜FIN〜〜