理 由







「ほらガウリイ。見えてきたわよ。あたしの家。」
そういって指差した先には、あたしの家があった。
全ての戦いが終わってから、あたしとガウリイは(珍しく強引な)ガウリイの発言もあってゼフィーリアに向かって歩いていた。
そして今日。やっとのことであたしの家にたどりついたわけである。
普通はここで懐かしい故郷へ返ってきた喜びを味わうのだが。
あたしにはひとつ気がかりなことがある。
今さっき、『リアランサー』を通ったら姉ちゃんはいなかった。
覗く勇気がなかったが、姉ちゃんの気配はなかのだ…。
…、ということは、あそこで姉ちゃんが待っている…。
どうせ姉ちゃんのことだからあたしが帰ってきたのを察して仕事を人間業じゃない猛スピードで終わらせたに違いない…。
「どうしたんだ、リナ?」
そんなあたしの考えも知らずに、のほほん、といつもの調子であたしに尋ねてくるガウリイ。
「なんでもないわ。…、とにかくいくわよ、ガウリイ。」
「おう!」
やたらと元気に答えるガウリイ。

最近ガウリイは異様に元気だ。
ゼフィーリアに向かい出してから、なぜかとても機嫌がいい。
全部分かっててやっているのか…。それとも何もわかっていないでいつもの能天気さからそうなっているのかは、流石のあたしもわからなかったが。
…、ちょっと待てよ…?
『全部分かってる』?
あたしは今更ながら、自分の頭に浮かんだ自分の言葉に疑問を持った。
『全部分かってる』ってことは…。

「どうしたんだ?リナ?」
ガウリイが、あたしに向かって話しかける。
「うわきゃっ!?」
と同時に、あたしは変な声をあげてしまった。
「…?ぼーっとどっかを見て、なんかあったのか?
 …、まさか…!」
大げさに驚愕の顔を示すガウリイ。
「俺に隠れて…、知り合いの定食屋にでもかけこんで先にメシでも食うつもりだったのかっ!?」
「そんなわけあるかぁぁぁぁっ!!」

どごしゃあっ!

ったくこいつは…レディをなんと心得てるんだか…
あたしの見事なアッパーがハマって、ガウリイはあごをさすりながら何とか身を起こしていた。
「いてて…。リナ…。何てことすんだよ…。」
「ったく!あんたが悪いんでしょーが!
 それじゃあ、本当にいくわよっ!ガウリイ!」
そういって、あたしは家に向かったのだった。
自分の中にあった疑問をすっかり忘れて。


そして。
あたしたちは家の前に来ていた。
すぅー、はぁー。
すぅー、はぁー。
うん、深呼吸完了。
横でガウリイが不思議そうにあたしを眺めているが、それは無視。
そうしてあたしは、運命の扉のドアを開けた…。
「ただいまー!」
そうして大きな声で挨拶をして目にはいったのは…。
「ねえちゃん!」
「おかえりなさい…リナ。」
そう。リビングにいたのは、姉ちゃんだった。
そして、あたしに手招きをしている。
「ねえちゃん!」
そういってあたしは姉ちゃんの腕の中に飛び込み…。
「おかえりなさい…リナ…。」
ぎゅっ、とあたしを抱きしめた…抱きしめて…!
「ぐっぐるじいいいっ!ね、ねーちゃぁぁぁんっ!」
あたしはねーちゃんに抱き殺される所であった…。

とまあ、いつものじゃれあい(あたしとしてはしたくないんだけど。)もなんとか落ちついた所で、リビングにあるソファに三人腰掛けた。
ちなみにソファにはあたしの隣にガウリイ、向かい合う方にねーちゃん、といった形になっている。
落ちついた声で、姉ちゃんがあたしに尋ねてきた。
「おかえりなさい、リナ。…、そちらの方は?」
あたしが説明をしようとした所を静止して、ガウリイが自分で名乗った。
「俺は、ガウリイ=ガブリエフです。旅の間、こいつの『保…』じゃなかった、
 こいつの『相棒』をやってました。」
流石に本当の保護者がいる前で『自称保護者』を名乗るわけにもいかず、いい方を相棒に変えるガウリイ。
「そうですか。」
やたらとにこにこしてそう答えるねーちゃん。
「私はもうお分かりでしょうけれど、リナの姉のルナです。
 …、ガウリイさん、この子とは何時?」
「…、2ねんと少し前くらいです。」
一瞬、ガウリイのことだからどうせ忘れてるだろうなー、と思ったのだが、覚えていたらしい。
必要な知識は全て忘れてるというのに…珍しいこともあるもんである。
「それから、ずっと?」
「ええ。」
「そうですか…。」
そういってねーちゃんは少し考えて、
「ガウリイさん。今日は長旅で疲れているでしょう?
 それじゃあ、今日はお休みになられてくださいな。
 話の続きは父さんと母さんが帰ってきてから、ということで。
 リナ。あんたの部屋に案内してあげなさい。」
といった。
「分かったわ。ガウリイ、いこ。」
ねーちゃんに逆らうわけにはいかないので、あたしはとりあえずガウリイを立たせて案内することにした。
「ああ。」
あたしは気がつかなかった。
この時ねーちゃんがガウリイに向かって口だけで『頑張ってくださいね』と伝えていたことを。
そして、ガウリイがそれに対して笑顔で頷いていたことを。

「わー。懐かしいなぁ…。」
当たり前の話だが、あたしの部屋はなんにも変わっていなかった。
しかも、ちゃんと掃除はされていたらしくて埃は全く落ちていなかった。
「へぇー、ここがリナの部屋かぁ…。」
そういってしげしげといろんな所を見ているガウリイ。
「こら、ガウリイ!レディの部屋はキョロキョロ見まわさないのっ!
 まぁ…、とりあえずそこのベッドに座っててよ。」
そういって、部屋の隅にあるベッドを指差す。
これも定期的にちゃんと干されていたのか、真っ白で綺麗になっていた。

ひとしきり部屋を見まわして色々懐かしいものを見てから、あたしはそのベッドと丁度向かい合う形になっている椅子に座る。
そして…、ガウリイを見て尋ねた。
「ねぇ、あんた今回どうしてゼフィーリアに来たいと思ったの?」

…。
しばし、沈黙が部屋を支配する。
ガウリイが、答えない。
…、あ、あれ?あたしとしては、気軽にいつも通りに話しかけたつもりだったんだけどな…?
ど、どうしたんだろ、ガウリイ?

意を決したように、ガウリイがあたしに向かって微笑んで口を開いた。
「そうだな…。たまにはお前さんに里帰りさせてやるのもいいかな、と思ったんだ。」
それは、普通の口調のガウリイだった。
「ふ、ふーん…。そうなんだ。」
そういってあたしは椅子にもたれかかる。
な…なんだかびっくりした…。
別に、びっくりする必要なんてないのに…。
そうして、不自然な沈黙が部屋を支配した。

「リナ。」
ふいに、ガウリイがあたしの名前を呼ぶ。
なんだか、いつもとは少し違う声で。
「ここに着た理由はな、もうひとつあるんだ。」
「何?」
とりあえず極力冷静を装いながらあたしはそういった。
いや、そう言うのが精一杯だった。
「俺自身に、区切りをつけるために、ここへきた。」
「区切り…?」
おうむがえしに聞いてしまうあたし。
区切りって、何の…?
まさか…?
「俺は、お前の保護者をやめようかと思うんだ。」
え…?
やめる…?
あたしの『保護者』を…?
って言うことは…?
なんだか思考がまとまらない。あたしらしくない。
けど、思考をまとめることは出来なかった。それほどまでにあたしは混乱してしまっていた。
どう言うこと…?ガウリイ…?
「おっ、おい、リナ!なんで泣いてるんだよ!?」
それと同時に、あたしは頬に何かが流れていることに気がついた。
「あれ…?え…?何でだろ…?」
ぐしぐしと涙をぬぐう。
それと同時に…。
あたしは何かに引き寄せられていた。
あたしは…、ガウリイの腕の中にいた。
「ごめん…リナ…。」
抱きしめながら、ガウリイはそういった。
「ガウリイ…。保護者を辞めるの…?あたしから、離れていくの…?」
たまらず、あたしはそういった。
ミリーナがいなくなって…。ルークをこの手にかけて…。
最後には、ガウリイも、あたしから離れていく…?
「違う…。違うよ、リナ。
 俺は、『保護者』をやめて、お前の『一番大切な人』になろうとしたんだ。」
「…。え…?」
ふっ、と顔を驚いて上げると…。

唇に、暖かい感触…。
それは、すぐに離された。
「リナ…。愛してる。
 俺と…ずっと一緒にいてくれないか…?
 俺は…お前の『一番大切な人』になれないか…?」
「ガウリイ…!」
あたしはガウリイの背に腕を回した。
そのまましばらく、あたしとガウリイは抱き合ったままでいた。
「ごめんな…。勘違いさせるようなことを言っちまって…。
 けど、おまえさんが初めて俺の前で泣いてくれたあの時から…。ずっと俺は決めていたんだ。
 おまえさんと、一緒にいると。
 お前さんは…。
 誰のほかでもない俺が護ると、ずっと決めていたんだ。」
でも…、でも、ガウリイ。
「でも…。あたしの近くにいても、いいことないわよ?
 また、魔族が狙ってくるかもしれないし…。」
「そんなのは、大した問題じゃないさ。それに、考えてみろよ。
 もう魔族にだって俺の名前は知られてるし、お前と一緒にいられるのにそんなもんは大した問題にならんだろう?」
そういって、あたしの頭をいつものようにくしゃっとなでた。

嬉しかった。
あたしらしくはなかったけれど、初めてあたしのことを想っていてくれる人に会えて。
まぁ…あたしの場合は周りにまともな男がいなかったし、そばにずっとガウリイがいたからそれが当たり前になっていたのだが…。

「リナ…返事は?」
もちろん…、決まっている。
「もちろん、いいに決まってるじゃない。ガウリイこそ、ちゃんとあたしについてきてくれるんでしょうね?」
「リナらしい答えだな…。」
そういって、ふっと笑った。
そこへ…。

「リナー!ガウリイさーん!父さんと母さんが帰ってきたわよー!」
…。姉ちゃんの声が響いた。
そこで、やっとあたしは我に帰る。
はっ!あたしはなんでこんな恥ずかしいことを平気でやってのけたんだ…?
「がっ!ガウリイっ!もう放してよっ!恥ずかしいんだからっ!」
そういって、ひとしきり腕の中で暴れた。
やれやれ、といった感じでガウリイはあたしのことを放す。
「それじゃ、いくか。」
「さ…、先に言ってるわよっ!」
そういって、あたしはリビングの方へ駆け出していった。
ガウリイより先に。
だから、またあたしはわからなかったのだ。
ガウリイが満面の笑みを浮かべて言った一言が。
「ああ…いくさ。ちゃんと親父さんとお袋さんに『ご挨拶』をしに、な。」

このあと。
ガウリイは夕食の食卓でいろんないきさつが話し終わったあと、その『挨拶』とやらをした。
もちろんあたしはそのとき顔を真っ赤にしていたのだが…。
え?その後どうなったかって?
とーちゃんとかーちゃんは喜んでこれを承諾、(普通、父親は嫌だというもんじゃないのか?)ねーちゃんに至ってはもう最初からこうなると予測していたらしく、やっぱりこうなったか、といった様子であたしたちの事の成り行きを見ていた。
あたしとガウリイはまた二人旅に戻った。
そしてその後は…。
あたしは夜、盗賊いぢめが出来なくなってしまった。
理由は…理由は…。
恥ずかしくて言えるわけないじゃないっ!

そうしてまた今日も目を覚ますと、目の前に金色の髪を持った一人の男…。つまりガウリイが、あたしを大事そーに抱えてすぴょすぴょ眠っているのだった…。
ガウリイ…やっぱり、『全部わかってた』のね…?
あたしは一人、ベッドの中で眠ったガウリイを見ながらそう思うのであった…。