おやぢ、その愛







「よぉリナ。風邪だってなぁ」

熱で潤んだ目で、姿を探す。
特徴は、火のない咥え煙草。
それから歳よりずっと若くて美形。
…懐かしくて大好きな声を。
あたしは意外な場所で聞くことになった。

(あたし達は、と。
言うべきかもしんないが。)

   
*  *  *

ゼフィーリアへの旅の途中。
まだ半分も旅路が来ていない頃だった。

「ガウリイ…あたし風邪引いたかもしんない」

ぶるっと身を震わせて、あたしはとりあえず自己申告した。
季節はぼちぼち……フユ。
冬ったら冬なんである。

そう。秋になってから出発したんじゃ、
葡萄シーズンに帰郷が間に合う訳がなひ。
ゼフィーリアは遠かった(笑)
あたしとしたことが盲点だったわ…。

「…風邪?そーいやぼーっとしてるか?リナ」
「ん」
(顔、あつぅ…)
さてはさっき、ちょっぴし道の葉っぱで頬を切った時、
跡が残るのやだから治癒使ったのが悪かったのか。
知らず知らずのうちに、
あたしは身体に風邪の菌を飼っていたよーである。
それが治癒によって一気に増殖して、
症状が出てきた…らしい。
「世の中には不思議なことがあるもんだなぁ。
どらまたのリナを襲う根性のある風邪があるとは…」
風邪を引かないなんとやらの、あんたが言うか(怒)。
「あっ、こら!!いきなり魔法攻撃はやめ…をいっ(汗)」
「…火炎……」
しかしあたしの掌で生まれかけた炎は、
ふと制御を失って小さく散った。
「はぅ」
ふらふらと前のめりに倒れ掛かるあたしを、
慌ててガウリイが受けとめる。
「おい、リナ?…えらい熱じゃないかっ!?」
だから風邪だとゆーとろうが。
…あたしはツッコむ気力もなく、くらげ男に凭れかかる。

と、いきなりの浮遊感。

反応が鈍っているせいで、その瞬間、
何があったかよく分からなかった。
「へ?…が、がう!」
「んな時くらい大人しくしてろって。舌噛むぞ?」
「むみょっつ!!(もう噛んだわぁっ!!)」
まあ、そんなわけで。
あたしは、ガウリイの背中にひょいと担がれ、
翔封界もかくやというスピードで、次の街へと運ばれたのだった。

いつものくらげぶりが嘘のように、今回こいつは素早かった。
「おばちゃん、泊まりだっ!!」
街へついた途端、宿へと直行し南向きの部屋をぶん捕る。
「大丈夫か?リナ」
あたしは高熱でぼーっとした状態で、
やたら大事に広い背中に抱えられたまま宿の階段を上がった。
「もーちょっとで、楽に寝かせてやるから」
(うーみゅ…過保護な…はれ?)
「ん!!ぬー!」
「こら。暴れるなよ」
部屋に入った途端に問答無用で身に付けていたものをへっぺがされた。
マントとショルターガード、それからブーツと靴下。
(か弱い乙女が動けないのをいいことに。おにょれガウリイっ!!)
まあ確かに楽になったし、善意には違いないのだが。
遠慮がないのとなんとなく慣れてるかんじがムカついたので、
思いっきり暴れてやった。
(体調不良のため大したダメージは与えられなかったけど♪)
が、そうこうしているうちに、余計熱が上がる。

横たえられた一人部屋の上等なベッドの中。
布団は、なかなか温まらない。
全身が熱いのに背中だけぞくぞくする。
何故か(笑)引っかき傷だらけの男が、心配げにこっちを見ている。
「大丈夫か?リナ。寒いのか?」
ベッドにガウリイの金髪が、
ぱさりと垂れかかった。
「暖炉…があるほど、いい部屋じゃないからなぁ。
しんどくなければ、やっぱりもっと良い余所へ移るか?」
ぼうっとしながらも思う。…なにを大袈裟な。
ちょっと高熱だが、ただの風邪なのは間違いないのである。
(ええい。そんな捨て犬みたいな目で覗きこんでくるなっ!)
こっちまで落ちつかない。

いるのだ、こーゆー身内の怪我とか病気に、
やたら弱い奴とゆーのが。

「下でおばちゃんに、何か薬もらってくる。
医者呼んだほーがいいか」
「まったく…らいじょぶよ。寝てれば、なおる」
「本当か?ほんとだな?」
(そーいや過去、何度かあたしが死にかけた時、こいつやたら動揺してたっけ。)
いやでも仲間が死にかけてたら、ふつー動揺するもんかもしんない…。
つらつら思う。熱のせいで考えが頭でまとまらない。

寒い。寒いのキライ。
昔、家ではこんな時どうしてたっけ?
そういえば一人で旅に出る随分前から、風邪なんかひいたことない。
自己管理、というやつは割と小さい頃から、
徹底してねーちゃんに叩きこまれてきた。

それでももっとずっと幼い頃には。
幾つだったか、まだ十歳には全然届かない頃には、
あたしもよく熱を出したりしたものだ。
えてして、子供はそーゆーものらしい。
風邪と聞いて思い出すのは、実家の天井。
それから、馴染んだベッドの柱。
浮かぶ思い出の風景は今ではしっくりこないような、
妙に懐かしいような、妙な感じである。

「リナ。何か、して欲しいことあるか?」
「ん」
……そのうち、
次第に布団も温まってきた。気分もマシになってくる。
時折タオルを冷やして絞って、あたしの頭にのせかえながら。
ガウリイは、ずっと部屋にいた。
座る椅子にはブラストソードを立てかけて。

「べつに、いい」
特に、辛いことはないのだが。
なんとなくぼーっとして気だるくて、
正直、返事をするのがおっくうだった。
「そっか」
それを悟ったのか、頷いたガウリイは何も言わなくなった。
この感じ。
普段よりちょっと甘やかされている雰囲気。
額の熱を測る大きい手。
…記憶にある。これに似ているもの。
あの人の思い出。
もっと居心地良くて、安らげて。
でもこんな切なくはなくて、ただただ嬉しかった記憶。

「リナ?」

優しく頬に掛かった髪を払われながら。
柔らかな回想の中で、あたしは眠りに落ちた。


   *  *  *


(幕間)

「久しぶりだな」
「あんた…」

「この天然男。…とっととその物騒なもん、しまえや」
「何の用だ?今、取込み中だ」
「用があるから来たんだろ?部屋、入らせてもらうぜ」
「駄目だ」
「はん。てめぇに、止められるもんなら止めてみな。
ガウリイ」
「あんたでも、力づくで止めるぞ」
「再会を喜ぶ間もなく、喧嘩売る気か?てめえ。
ブラストソードなんかで人を脅しやがって。
んなもんでびびる俺じゃねーんだよ、タコ」
「今は駄目だ」
「何か勘違いしてるんじゃねーのか。
こっちは野郎に会いに来た訳でも、
その部屋に興味がある訳でもねぇんだよ」
「じゃ、何だ」
「実の父親が、娘の見舞いに来て何が悪い。
しかも他の男に邪魔されるとは、面白くねぇな」


「……………………なあ」
「あぁ?」
「………………父親って、なんのことだっけ?」
「こんのぉ、ボケがっ!!(怒)」


 
   *  *  *



あたしが目を覚ました時。
部屋には、ひとつ気配が増えていた。
(…なんだか妙に馴染みがあるけはひ…)
熱、というより今度は、
寝ぼけてぼーっとした頭で思う。

少し眠ったせいだろうか。
あたしの気分はかなり良くなっていた。
咄嗟に誰の気配か分からなかったのは、
ちょっとばかり薄情だった…かもしんないが。
でも、始めは夢から出てきたのかと思ったのだ。
小さい頃、商売の都合であんまり会えなかった、
大好きなひと。

「よぉリナ。風邪だってなぁ?」
「へ?…あ。父、ちゃ……」
さ迷わせた目に入ってきた顔。
急に意識がはっきりした。
あたしは慌てて起き上がろうとして止められる。
「こらリナ。寝てろよ」
「ちょ…ちょっとガウリイ、離してよ。なんでここにあたしの父ちゃんが…。
父ちゃん、本当に父ちゃんなの?」
「おおよ」
にやりと笑うその、頬の歪め方。
相変わらず火の点いてない咥え煙草。
それは確かに、父ちゃんだった。
「なんで、こんなトコに!?」
「丁度、この近辺でお前さんらがいるって聞いてな。
そろそろ今日あたり鉢合わせする頃かと思って、
この街で待ってたのさ。
まあ、本当は店の仕入れ途中なんだが、
さぼってたのは母ちゃんには内緒だぜ?
…そしたらお前が血相変えた男に、運び込まれたっつーじゃねえか」
「はぁ〜…驚いた。んな大したことじゃないのよ、父ちゃん」
「よしよし。頭ははっきりしてんな。
お前の好きな、梨の実買ってきてやったぜ。
大人しく寝てりゃあ剥いてやるから」

そういえば。
昔、風邪を引いていた時に、
偶然父ちゃんが家にいて。
出先でし入れた梨を食べさせてくれたっけ。
(…父ちゃんってば)
ゼフェーリアでは梨は、割と珍しい食べ物なのだ。
あの時、あたしが喜んだから。
娘はこの果物が特別に好物なんだと、
この人はそう思いこんでるのだろう。

「くす…。ん、じゃあお願い」
あたしはまだちょっと気だるい体をベットに潜り込ませる。
しょりしょり。
黒い前髪の向こうで。
あの父ちゃんがまぢめな顔で皮むきを始めた。
煙草が口端から落っこちそうなぐらい集中しているのが可笑しい。
ついでに言えば、その横顔は我が親ながらつくづく美形である。
「ほら喰え、リナ」
しょりしょり。
「美味いだろ?」
「うん。ありがと、父ちゃん」
熱で乾いた咽に、本っ当に梨は美味しかった。
さっぱりとして、香りが良くて。
(さすが父ちゃんの品物を見る目は肥えてるわぁ)
…やっぱり、あたしは風邪には梨。
普段は、他の果物もおんなじくらい好きだけど。
「あ、れ…どうした、の?がうり」
ふと気付く。
そういえば…
存在を忘れていた(笑)、ガウリイが、
妙な顔でこっちを見ている。
恨めしそうな、拗ねたようなじと目。
それでいて、
そわそわと落ちつかない風情である。
「梨は、あげない…わよ?」
しょりしょりしょりしょり。
なんてったって、これはあたしへのお見舞い品っ。
やっぱり美味しいもの食べると元気も出てくるのだ。
関節はちょっぴし痛むが、熱が下がればすぐに取れるだろう。
「ん〜でりしゃす♪」
「あのなぁ、リナ」
情けないガウリイの声に、
父ちゃんが意地悪そうにけけっ、と笑った。
「あんたも笑うなよな」
「へっ、愉快なときには人間笑うもんなんだよ。
…おう、そーいや皿がいるな。
行く前に、もーちょっと剥いといてやる」
「へ?父ちゃん、もう行っちゃうの?」
「悪ぃな、リナ。商談が、
今から急いで間に合うかどうかってトコなんだ。
もう少し久しぶりの再会を味いたいトコだが、
お前もまーそれなりに、元気そうだしな」
「ん…あたしはらいじょぶ」
「ワルぃ」
手をひらひら振って、
下の食堂からお皿を借りにいった父ちゃんを横目に見ながら。
譲っていた枕元に寄って来たガウリイが、苦笑した。

「しかし、まぁ…」

「なによ」
「まさか、あの親父の娘がリナ、とはな」
「あんた父ちゃんと知り合い、なの?」
「まぁ、ちょっと」
ぽりぽりと、ガウリイが頬を掻く。
でもあたしは、そんなに驚かなかった。
説明よりも先に、二人の態度を見ていたから。
ガウリイを見た父ちゃんの目つきとか。
実はあんまし知らない人と喋らないガウリイの、
父ちゃんとの会話のし方とかで。
なんとなく悟っていたから。

しっかし…しみじみ、世間様も案外狭いもんかもしんない。
改めて、そう思う。

「あたしの、自慢の父ちゃんよ」
「ああ…」
優しい顔で、ガウリイがぽんっと私の頭を撫でた。
「始めはびっくりしたけどな。
まあ…聞けば、めちゃくちゃ納得いく親娘だよなぁ」
「親娘共に美形だし(はぁと)」
「…それは置いといてだ」
「置いとかれるのはすごく納得いかない」
「はいはい、分かったから暴れるな?
…しかしなぁ、リナ。
親父さんが自慢なのは認めるが、
梨ぐらい、オレだった買えるんだからな。
食べたいなら言ってくれれば良かったのに…」
「なに?あんた、んなことで、拗ねてたの?」
「いや、まあ。それだけじゃないんだが」
薄っすらと頬を紅くして。
あたしの頭を撫でていない方の手で、
やっぱり、またぽりぽりとそこを掻く。

「おい、人様の娘に気安く触るんじゃねーぞ。コラ」
そこで、一枚お皿を下げて、
音も立てずに戻った父ちゃんは、
いきなしガウリイの頭を小突いた(笑)

「〜〜〜〜〜〜っ〜〜〜!!」

涙目で、声もなくうずくまるガウリイを無視して。
ふと小声で父ちゃんがあたしに囁く。
「で。お前の選んだ旅の連れは、どうだ?
信用はしてるが…まあ俺も知らん奴じゃねぇしな。
けど、いちおー聞いとくぜ」
「どうって…」
「ガウリイは。お前の前で、どんな奴だ?」
「…む」

あたしは、ぼんやり思案した。
ガウリイという男は、単なる脳みそミジンコの剣術バカなのだ。
あたしの前でも何も、他に言いようがない…と思う。
が、それは父ちゃんの聞きたいこととは違うのだろう。
(父ちゃんなら、すでにこいつのボケぶりは理解してるだろうし)
なら、あたし達がどーゆー関係か、とか?
(自称保護者と他称非保護者。その実は、たんなる旅の連れ)
これも父ちゃんの問いに対しては、不正解な気がする。
うーみゅ。

「…よく分んない奴。」

考えてから、答えたあたしに。
父ちゃんは急に大好きな悪戯っぽい目で、笑った。
「そーか」
「なに?」
「いや。別に大したことじゃねぇよ。お、もうこんな時間か?
じゃ、オレはそろそろ行くかな。
残りの梨は、後でこいつにでも剥かせとけ」
「オッサン。さっきの、めちゃくちゃ痛かったじゃないか…」
「もう復活したのか、天然男?
わざわざ懐の石を握りこんで小突いてやったのに」
「をい…ふつー懐にあるもんなのか?石って…」

あたしのベッドに、
山ほどの黄色い梨を置いて。
父ちゃんは、じゃあ元気でなと、
あたしの髪を軽く引っ張った。

「まあ、ボチボチ里帰りもしろよ」
「うん。ゼフェーリアにこれから帰るつもり」
「そうか。母ちゃんもルナも喜ぶさ。
今日は…ゆっくり休めよ。さ、来いガウリイ」
「えぇ!?」
「いいからお前も来い。
折角の再会だ、見送りぐらいしろや?なぁ。」
何故かガウリイまで引き摺って、
部屋から出ようとする父ちゃんに、
あたしはひらひらと手を振る。
「おぉい〜リナぁ。なんでオレまで…」
「一人で静かに寝かせてやれ。
じゃあな、早く治せよ。リナ」
「ん。またね、父ちゃん」

パタン。

扉が閉まった途端、くすりと笑ってしまった。
やたら美形な男二人。
歳も職業も全然違うというのに、
どこで出会ってあんな親しくなったのだか。

あたしは思わぬ見舞いに、
風邪もたまには悪くない、そんな気分になっていた。
丸くていい香りの梨も、
まだ沢山食べられるし。
(一個ぐらいはガウリイに、
恵んでやってもいい…なんて思わなくもないけど、
やっぱしやんない♪)
さらにいじけられても困るけど。

ちょっと浮かれてしまったせいか、
身体がふわふわする。
(…眠って、風邪、早くなおそ)
ベッドに深く潜り込みながら、ふと思う。

「父ちゃん、ガウリイに何の話があんのかしらね…?」

だから、あたしは、
この後でガウリイが父ちゃんと
どんな会話をしたのかを知らない。


    *  *  *


(再び扉の向こうで)


「ガウリイてめぇ、リナの前では、
うじうじ悩んだりしてねぇみたいじゃねぇか?
あの時よりは、だいぶましなツラしてるぜ」
「言うなよ。あんたも、人が悪いよなぁ」
「知らなかったか?
それに…あの時は言わなかったが、
実は、うちのカミさんぐらいイイ女になると、
んな男の見栄なんてお見通しなんだよな(苦笑)
ツライもんだぜ」
「をいをい…」

「ま、結局お前らもまだまだってことさ」
「オレは知らんが、あんたの娘は飛び切りイイ女だよ」

「…言ってろ。ま〜それでだ、ガウリイ。
ついでにもう一つ忠告しといてやる」
「説教臭くなると歳だぞ」
「泣かすぞコラ。
とにかくよ、このままじゃゼフィーリアの家の敷居は、
跨がせねぇからな?
つくまでには勝負決めとけ」
「言われなくてもだ」
「これは親切で言ってやってるんだからな。
うちの母ちゃんとルナ…リナの姉ちゃんは、
俺より厳しいぜ?」
「あんたなぁ(汗)。忠告か脅しか、はっきりしてくれ」
「せいぜい頑張んな。
俺の自慢の娘がどう出るかは知らんが。
お前がフラれた所でこっちは痛くも痒くもねーし…じゃあな。青二才」


「じゃあな。親父さん」



「…うぉっ(汗)、いきなり蹴るなよっ!?」
「…をい、ガウリイ。勝手に呼ぶな。こいつ惚けたフリしてしゃあしゃあと…
(怒)」









                                  おわり♪