鎖 -DEEP IN YOUR MIND-







たくさんの人に逢った。
たくさんの人と別れた。
たくさんの人を殺した。

でも、すべて通り過ぎてきた波にすぎない。
何故なら俺は、誰のことも憶えちゃいないから。


 「なにボーっとしてんのよ」
彼女は言う。少し、むくれた感じで。
「いや…別になんでもない」
「ふぅん。それならそんな顔しないでちょうだい」
俺は手を伸ばして、ひそかに触り心地を楽しんでいる彼女の髪を触る。
自分の心まで誤魔化していた頃は、これだけでつながりを感じていた。
「悪い…悪かったって。だからそんなにむくれるなよ」
「むくれてなんかないもん」
「はいはい」
彼女は頬を膨らませて見せる…それがとても愛しくて、俺は笑う。
「信じてないでしょ」
彼女は不敵に笑い返す。紅い瞳に、誰もが飲まれてしまう光が宿った。
「呪文でも唱えてみるか、この至近距離で。それともスリッパか?」
意地悪く言ってみる。考えを悟られたの思ったのか、彼女はくるりと表情を
曇らせた。瞳には、まだ光。
「ちぇー…こういうときにだけ回転速いんだから」
「お前が巻き添え食らうのは俺が許さないからだろ」
お前を壊すのは、俺だけでいい。彼女を壊そうとするヤツは、誰であろうと
許さない。
俺はそっと心の中で付け足す。
「そうなの?」
少し笑い、彼女は聞く。
「そうさ」
揺るぎ無い言葉が欲しいと言った『呪文(ことば)』を使う彼女に、そんなもの
はなくても構わないと言った俺は答えた。
「そっか……」
小さく呟いて、彼女は俺の腕に包まり瞳を閉じる。紅い光は、見えない。

 俺はまた、押し寄せる波に身体を浮かべて思う。

俺がなにをしてきた?
してきたのは、ただ人を斬ることだけ。
彼女を助けたことは?
助けたことはない…救われたのは、俺の方。
小さな身体の壊れそうな吐息を感じて、俺は目を閉じる。

このぬくもりを、ずっと探していた。
有り余るほどの愛を、彼女が俺に降り注ぐまで。

軽く力を入れると、身体を摺り寄せてくる…きっともう、それは無意識の行為。
吐息すら逃したくなくて、俺はさらに力を込めて身体を寄せた。
軽く息をついて、彼女は俺に巻きつけた腕に力を入れる。つるりとしたシーツ
の感触、それ以上に指が滑るのは、彼女の白い肌。

離さない?
離さない。

傍にいる?
傍にいる。

ここに、ずっと?
ここへ、ずっと。

約束という言葉の鎖で繋がれた俺達…
だけどきっと、繋がりたかったのは俺。
だから、俺の傍から彼女が離れぬように、耳元で戒めの言葉を呟く。

『ア・イ・シ・テ・ル』


叶えられるものならば、どうか。

彼女を闇へと引き寄せる者よ。

代わりに俺を連れて行くがいい。彼女に自分の闇を誤魔化し続ける俺を。

魂までも食らい尽くせばいい。

今はただ、ひとときの安らかなる眠りを、愛する女性(ひと)へ。

それが俺の願い。



たくさんの人に逢った。
たくさんの人と別れた。
たくさんの人を殺した。

だけど、これほど愛に狂った女性(ひと)はいなかった。

「傍にいるよ、ずっと。俺が狂ってしまうほど、傍に――リナ」