クローバー







一面に広がる緑。その中にある小さな白。
あたし達はとある森の中で一面のクローバーに出会っていた。
「すっごぉぉぉぉぉいっ!」
あたしは思わず声を上げていた。
そしてあたしは横で黙りきっている自称保護者に声をかける。
「ガウリイ、少しだけ遊んじゃ駄目?懐かしくって」
ガウリイはにっこり笑う。優しい瞳で。そして朗らかに言った。
「なあ、リナ。懐かしんでるとこ悪いんだけど…小さい時ばあちゃんに名前教えても
らった気がするんだが……何て言ったけ、この草。」
ずべべっ
あたしは派手にすっ転ぶ。
そして即座に起き上がりツッコミスリッパを一閃させる!
「この常識なしのばかくらげぇ!クローバーよ!クローバー!!」
ガウリイはぽんっと手を叩いて言う。
「おお、そうそう。クローバー。」
ハッキリいって毎度の事だ。いや、まだ良い方である。
一発で名前を覚えてくれた場合は。
「よかったわ…クーロバーとかクーバローとかって言われなくて。」
呟くあたし。
「…リナ。もしかして俺のこと単なる馬鹿とか思ってるだろ……。」
ちっ変なところで耳のいい奴。
「えへ☆ぢつはメチャクチャ思ってる。」
「お前なぁっ!」
ガウリイが追ってくる。
「あはは、冗談よ冗談っ!」
あたしは彼の手からひらりと身をかわし、思いきり笑って言った。
「ガウリイ、ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るからッ!」
ガウリイも笑って手を振った。
「早めに戻ってこいよー!」
「うん!」
子供のころ姉ちゃんとか近所の女の子とかと遊んだ懐かしい記憶。
郷里にクローバーがいっぱい生えてるところがあって。
白い花で冠作ったりとか、指輪作ったりとか。
ガウリイが知ったら笑いそうだけど、ホントに柄にもないことして。
そうして遊んでたら、姉ちゃんが言った。
(リナ、クローバーの葉は何枚?)
あたしはそのころ五歳そこら。当然こう答える。
(三枚。)
(そうねぇ、ほとんどはそうよ。)
(ほとんどは、って…?)
(四枚のもあるらしいのよ。)
(嘘〜あたしそんなの見たことないよ。)
(めったにないわ。だからね……)
「こんなこと今も信じてるあたしも、柄じゃないわね。」
苦笑する。
(四葉のクローバーを見つけられると、願い事が一つ叶うのよ。)
願い事。
そのころのあたしには願い事なんて立派に言えるようなものじゃなくて、ただ美味し
いものが食べたいとか、子供じみたことだったけど。
だけど今は、一つだけ願い事があるの。

一面の、クローバー。その中で翻る鮮やかな栗色の髪。
ふりかえって無邪気に微笑む、俺の大切な人。
「ガウリイ、ちょっとだけ待ってて!すぐ戻るからッ!」
俺は手をふって、駆けていく少女を見ていた。
少女の名はリナ。
三年ぐらい前から旅をしている。
最初はどうしようもない子供だった。
でも年々綺麗になってやっと俺は彼女を女だと気がついた。
そして彼女への気持ちに。
遅すぎると思った。
保護者という壁を作って、それが定着してしまって。
それを破る勇気がどうしても出なくて。
居心地が良すぎた。
少女が安心して俺に笑いかけてくれることが嬉しくて。
気持ちを抑えて、隠して、誤魔化して。
でもいつまでもこの幸せは続かない。
わかっている。
リナがどんどん大人になっていくことも。
リナがどんどん女になっていくことも。
でも黙っている。
恐いんだ、俺は。
拒絶される事が。
拒絶されて傍にいられなくなって誰かに取られてしまうことが。
彼女が離れてくことが、恐いんだ。
ばあちゃんが言ってたっけ。
(四つ葉のクローバーを見つけたら、願いが一つ叶うのよ。)
願い。
それはリナと変わらぬまま一緒にいたい。
だけど、それは無理なことだ。
彼女を止めることは、いくら奇跡を使ってもできやしない。
「さてと、あのオテンバ姫はどこまで行ったのやら。」
溜め息混じりに呟く。
「ま、あいつが約束破ったことはないからな。」
そして座りこんで、考えることもなくなって暇になる。
と、視界の隅に白い花が見えた。
「シロツメグサ…だったっけな。」
ばあちゃんとこれで色々作った覚えがある。
「ま、暇だったからって言えば理由になるわな。」
俺は苦笑しながら、その花を摘んだ。

「あ〜!見っけた♪」
あたしは長い時間をかけてやっと四葉のクローバーを見つけ出した。
あたしはそれを摘んで笑った。
「探したわよっこいつっ♪……あ。」
すっかり探すのに夢中になって今まで気がつかなかったのだが。
日はすっかり西に傾いて、真っ赤な光を放っている。
ちなみに、ガウリイと離れたのはちょうど真昼間。
もう、四、五時間は経っていることは確実だろう。
「うわ〜〜〜ガウリイ怒ってるかな〜…」
慌てて走り出す。
そして、ほどなくしてガウリイと別れた場所につく。
「おっそいぞ、リナ。」
「ごめ〜〜ん」
ガウリイは座りこんで待っていた。
「ま、おかげで出来たけどな。」
ガウリイが言う。
「……何が?」
立ち上がる彼。
「はい、お姫様。」
ふわり
頭の上に何かがかぶせられる感覚。
「花の冠?」
それは、クローバーの白い花の冠だった。
「暇だったからな。やるよ、それ。」
恥ずかしそうに笑うガウリイ。
「あ、ありがと…」
なんか、ガウリイからプレゼントってはじめてだから…
恥ずかしい…でもすっごく嬉しい………。
顔、赤くなっているかもしんない。
「…作り方知ってたんだ。」
「昔ばあちゃんに教わったんだ。それより、リナは何してたんだ?」
「え、あたし…?あたしは、コレ。探してたんだ。」
手を前に出して、ガウリイに見せる。
「四葉のクローバー?」
「そ、あたしも昔姉ちゃんに教えてもらったんだけど、コレを見つけると、一つだけ
願いが叶うって…」
「へぇ、お前さん、願い事があるのか?」
ガウリイが興味津々な顔をして聞いてくる。
「あるわ。」
「何?」
「勇気が欲しいの。」
あたしは言った。

「勇気が欲しいの。」
リナは言った。
俺は思わず聞き返していた。
リナが…?勇気を?
聞き間違いだと思った。
「勇気?」
「ええ。」
頷くリナ。でもまだ信じられない。
だってリナは…
「お前さんは十分勇気があるじゃないか。魔王と戦ったり…普通の奴なら、逃げる
か、あきらめるかしたはずだぞ?」
リナは小さく笑う。
苦笑、だろうか。
……俺、何か変なこと言ったか?
「そういう勇気じゃないのよ。」
そういう勇気じゃない、勇気…?
「じゃあ、どういう勇気だ?」
リナは俯く。そして小さな声で呟く。
「今日コレが見つかったら、勇気が出るって思ったの…。」
「………?」
リナは、顔を上げ、真剣な表情になって、言った。
「…ガウリイ、好き……」
「!?」
好き!?
リナが…俺を!?
………心臓が、一瞬止まったような感覚。
無論それは錯覚だっただろう。
心臓は止まるどころかその動きを増して、その音が耳に纏わりついた。
その音に掻き消されそうになるリナの小さな声を必死になって聞いた。
「あたしが欲しかったのはね、変わる勇気。…恐かったのよ、今までは。この関係が
壊れてしまうのが恐かった。でも、時が止まって欲しいとは思わなかったわ。あたし
も変わりたいって思った。その勇気が欲しかったの。ずっと前から。」
俺は、変わりたくないと願ったけど、リナは違う。
変わりたいと願っていた。
リナの願いは俺なんかよりもずっとずっと前向きで、尊敬してしまう。
変わることは恐い、どうしようもなく。
だけどリナはその恐怖を打ち砕いて、俺に伝えてくれた。
ありのままの想いを。
だから俺も、変わる勇気を持とう。
「俺もリナが好きだ。愛してる。」
リナが驚いた顔を向ける。
「……え………?」
かすれた声。俺がそんな事を思っているなんて全く思わなかったのだろう。
「ずっと前から、お前を愛してる。大切だったから、離れたくなくて、嫌われたくな
くて、恐かった。この気持ちを伝えて拒絶されるのが恐くて。ごめん。でも愛してる
んだ、リナのこと。」
言った瞬間、リナがへたりとしゃがみこむ。
「リナ…?」
「早く言ってよぉ…そういうことは!メチャクチャ恐かったんだからね!このくら
げぇぇぇぇ……」
「ごめん。本当に。俺から言えばよかったな、もっと早く。」
ぽりぽりと頭をかいて、バツの悪い顔をする俺。
「そーよ。言わなかった責任とって」
リナは顔を近づけて言った。真っ赤になって。
「幸せにしなさいよ、あたしのこと。そしたら許してあげる。」
そうして満面の笑みで俺を見る。
「約束するよ。」
俺はそう言ってリナを思いきり抱きしめた。

四葉のクローバーに願い事をしよう。
―――変わる勇気をください。

〜〜FIN〜〜