そ れ か ら |
あれから、5ヵ月経った。 あたしの傍にガウリイは居ない。 「リナさーん、ほんとに今日で終わりなんですか〜?」 ごそごそ。ふきふき。 自分が使っていたデスクを片付けているあたしに、アメリアが訊いてくる。 なんだか瞳がうるうるしているのは気のせいじゃないだろう。 「アメリア…だからそうだって前から言ってるでしょ?」 「せっかくリナさんと仲良くなれたのに〜〜」 やや呆れて返すあたしに、アメリアが泣く。 うーん、可愛い後輩を持ったものだわ、あたしも。 「はいはい、泣かない泣かない。電話でもメールでも話せるじゃないの」 「でも〜。リナさんと組んで仕事できなくなるのが寂しいですう〜」 前は。あたしとガウリイが組んでいた。 だが彼は、再三か四か。ほぼ一年に渡る家からの帰郷要請に折れ、イギリスに帰っていった。 それが2ヶ月前。 そして、あたしもこの会社を辞める事になった。 それが決まってから、あたしは、後輩2人と組んでの仕事にあたるようになった。 つまりは、後輩の育成と仕事の引き継ぎだ。 …徹底的に教え込んだ。 アメリアと、もう一人、アークの二人はちょっと泣いてたかもしんない。 「アメリアさん、だめですよリナさんを困らせちゃ」 そのアークが、ひょいっと顔を出した。 「あらアーク、頼んどいたの終わったの?」 「終わりましたけど…最後まで叩き込んでくれますね…」 「あら、あたしの仕事を引き継ぐのよ。半端な真似は困るもの」 「確かに、リナさんの仕事って、凄く多くてさらに大変なのばっかりですけどね…」 にっと笑ったあたしに、苦笑で返してくるアーク。 当たり前だわ。このあたしと、彼が、やった仕事なんだから。 「内容はちゃんと把握したわね?その為に2人に教えてたんだから。…アメリアもよ」 「「は(あ)い」」 …おい。何故に泣くあんたら。ちゃんと覚えてるのか!? 夕方。 全て終わり、上司と同僚達への挨拶も済ませたあたしは、そのまま会社の玄関から出た。 「リナさん!」 呼ばれて振り向けば、アークが立っている。 「あらアーク?何か忘れ物でもした?全部終わったと思ったんだけど」 「あ、いえ…えーと、その、…出発は、明日ですよね」 何故かうろたえながら、そんな事を訊いてくる。 「あのね。さっき言ったでしょ?別に見送りなんていいのよ?」 「そうはいきません。必ず行きますから、皆と一緒に」 一緒に、って。あいつら全員かい…? 「でも、アメリカに行くんですね……イギリスじゃなく」 ちく。 「そうよ。一度は、家に顔出さないとね」 暫く、家族の顔を見てない。皆があっち行ってからだから…2年半くらい? 「…わかりました。また、明日。さようなら」 「じゃあね」 踵を返そうとした瞬間、また呼ばれた。 「リナさん!」 「…なんなの?言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。しごいた事への文句?」 「違います!…撲、あなたが好きなんです。行かないで欲しいんです」 ・・・・・・・・。 「……ごめんね」 見れば、泣き出しそうな顔をしている。 「聞かなかった事にするわ。…また、明日ね。これから頑張って、アーク」 次の日。 空港に行ったあたしを、会社の親しかった人たちが待っていた。休日なのに。 一人一人、何がしかの言葉をかけてくれた。 「リナさ〜〜ん」 アメリアが泣く。宥めるあたし。 「電話するから。泣くんじゃないわよ、これっきりって訳じゃないでしょ?」 あとで、教えなきゃならない事があるし。 「リナさん」 「アーク。元気でね」 「……はい」 笑うあたしに、黙って頷くアーク。 「勿体ないです、リナさん、あの仕事好きじゃないですか」 「別に、仕事をやめる訳じゃないわよ。する場所が変わるだけよ」 「本当に、残って欲しいですよ」 …おいこら。まだ言うかアーク。 「それは困る」 いきなりあたしの後ろから聞こえてきた声に、皆が驚いて視線を向ける。 「ガ、ガウリイさん…?」 あたしは固まって動けない。 「な、なんでここに居るんですかあ!?」 アメリアが半ば叫ぶように言う。 「なんで、って…迎えに来たから」 軽く小首を傾げて、さも意外そうに言う――ガウリイが、そこに居た。 ぷち。 「誰が、ここに迎えに来いなんて言ったああああ!?」 すぱあああああんっ。 うむ。クリーンヒット。 「…リナ。お前それ今、どっから出した…?」 「そんな事はどーでもよろしい」 「なんで怒ってるんだ?」 「なんで、ですって!?向こうでって言ったでしょ!?なあんでここに居んのよ!?」 「そりゃ勿論」 くいっ、と腕を引かれて、抗う間もなく抱き込まれる。 いやああああ!人が居るのにいいぃぃぃっ! 「一秒でも早く会いたかったからだろ?」 「はーなーせー!」 「い・や♪」 「あ、あの、リナさん…?」 じたばたと真っ赤になって暴れるあたしと、めっちゃ嬉しそうにそのあたしを抱き込んだままのガウリイに。 躊躇いがちのアメリアの声が聞こえた。ついでアークの声。 「アメリカに行くって、言ってましたよね…?」 「おお、行くぞ?」 「ガウリイっ!!」 なんであんたが答えるのよ!? 「って、ガウリイさんも行くんですか、一緒に?」 「そりゃ、リナの両親に挨拶に行かなきゃだろ?」 は。 「挨拶ってあんた!」 がばっ、とガウリイを振り仰ぐあたし。 「ああ、了承が出た。…オレのところに来てくれ、リナ」 凄く穏やかに微笑む、蒼い瞳があった。 「どうやって説得したの…?」 「あとで話すよ。これからは、今までと違って時間はあるんだから」 「じゃあリナさん、結婚するんですか!?」 アメリアの弾んだ声が聞こえた。見れば、満面に笑顔を浮かべている。 「そ、そうなるわね」 やや赤くなって、答えるあたし。 「なんで教えてくれなかったんですか〜」 「オレのほうの事情でな。悪かったな」 また泣くアメリアに、答えるガウリイ。 「ごめんね。あとで電話しようと思ってたのよ、アメリア」 宥めているうちに、搭乗案内が始まった。 「もう、時間ね。――皆、ありがとう。元気でね」 ぽかんとしたままの皆に礼を言ってから、ふたりでゲートをくぐる。 「ところで、どうやって説得したの…?」 「ああ。…認めてくれないならこんな家なんて知らん、他の国で暮らす、って」 そんな乱暴な。 というあたしの視線に気が付いたのか、苦笑するガウリイ。 「もっとも、ほんとは皆リナを気に入ってたんだよ。反論なんて一つもありゃしなかったんだ。 …単に、向こうの家に対する言い訳が欲しかったのさ。オレに脅された、ってな」 ガウリイには、家が決めた結婚相手がいた。家に帰ったら決められてたんだそうだ。 その前に、あたしを家に連れていったりしていたガウリイは猛反発。 「オレの家族になってもらう人くらい、自分で決める」 と、言い返して大喧嘩した、そうだ。 「アメリカで暮らすのもいい、リナと一緒なら何処だっていいんだ。アメリカで会おう」 そう電話で言ったガウリイに、泣きながら『ありがとう』と答えたのは三日前だった。 ガウリイは、あたしの為に、家を捨てる気だった。 会社の人に言えば、必ずそれはガウリイの家に伝わる。もともと、家の命令で入社させられた会社だ。 だから、誰にも言えなかった。 「もっと早く言えば良かったな。こんなに待たなくて済んだのかもしれないな」 「でもあたしが、引き継ぐまで待って、って言ったんだし。同じくらいじゃない?」 だって、ガウリイとやった仕事をおろそかになんて、したくなかったもの。 「お前が言い出したら聞かないのは分かってるよ。責任感があるのもな」 苦笑して、ガウリイが言う。 「そう?」 「どれだけ一緒に居たと思うんだ?リナの考える事くらい分かるぜ?」 「あら。分かっててくれて嬉しいわ♪んじゃ、あたしがこれからどうしたいかも分かってる?」 これからもずっと。全てに、誰より近い相棒でいたい。 「ああ」 するり。 「まてえいっ!それはあんたがしたいことでしょうがっ!!」 「えー?リナもだろー?分かってるって♪」 「ちょ、さっきも、…待っ…や、ガウリ……っ」 「時間は、いっぱいあるだろ?随分離れてたしなー、覚悟しろよ?」 「…ん、…きゃぅ…っ、ば、かぁ…っ…!」 アメリカに着いた日、とあるホテルの一室で何が行われたのか。 ……それは、言うまでもない……。 おわり♪ |