聖夜のお仕事 |
広いフロアで、あたしは一人仕事をしていた。 夜8時。いつもなら他に何人もいて、同じように仕事をしている筈なんだけど。 今日はあたしだけ。 つけているFMから流れてくる音楽は、殆どがクリスマス・ソング。 つまりは、今日はイブの日だった。 みんな、予定があんのねー。 かちかちとマウスを操りながら、そんな事を思うあたし。 『帰らないの、リナ』なんて言われたって、急な仕事なんだもん、仕方ないじゃない の。 帰ったって別に用事なんてないから、構わないし。 夕方、お客さんと打合せに出かけた同僚――ガウリイから、電話が入ったのだ。 『すまん、変更が出た。戻るまで、ちょっとやっといてくれないか?』 説明を聞き、電話を切ろうとしたあたしに、ガウリイがすまなそうに聞いてくる。 『悪いな、こんな日に。何か予定があるんじゃないのか?』 別に無い、とけらけら笑ってやって、大丈夫だと言い、今度は切る。 まあ好きな仕事だから、どうってことないわ。 …と、よし、こんなもんかな。出力出力っと。 かち。 さてさて。そろそろ戻ってくる頃かな? しばしして、かつかつ、と足音がして、見慣れた金髪がフロアに現れた。 あたしに向かって片手を上げる。 「おお、すまんなリナ。で、どんなんだ?」 「こんな感じかしら。あの人がここが気になるって言ってたの、こうだったからじゃ ない?」 出力した紙にさらさらと書き、説明する。 「そうそう。…成程な、これならいいだろう。お疲れ、助かったよ」 「お礼なら…そうね、なんか奢って♪」 「って言うと思った…とりあえず、ケーキなんてどうだ?」 ひょい、と片手を持ち上げる。その先には、白い紙の箱。 「ケーキだけ〜?おなかすいた〜!」 ぶうぶうと文句を言ってやると、ガウリイが笑う。 「だからとりあえずだって。ちゃんとメシも奢るからさ」 「らっき♪んじゃ頂きましょ。あ、そこのテーブル使おうよ。お茶くらい淹れたげる し」 あたしは、すぐ傍の打合せ用テーブルを指差し、立ち上がる。 「あれか?…まあいいか」 といって、そのテーブルの椅子に座るガウリイ。…こだわんないヤツだわ。 やっぱケーキには紅茶よね。というあたしのこだわりにより、紅茶を淹れる。 しっかしあいつも、ここに馴染んだわねー。前は片言も喋れなかったっていうの に、今やお客さんとの打合せに出るようになってんだから。 初めて会ったのはもう2年も前だ。 8月、なんていう中途半端な時期に入社してきたガウリイは、そりゃもう目立った もんだった。 さらっさらの金髪、蒼い目。背は高く、体つきもしっかりしていて、端正な顔。 きゃーきゃーと女の人達が騒いでいたっけ。 だがしかし。彼は英語しか喋れなかったのだった。 仕事と言葉を覚えるまで、と、会社が、彼の暫くの相棒に選んだのがあたし。 自慢じゃないが、あたしは、英語とドイツ語、フランス語も話せる。それを知って の事だった。 彼は有能ではあった。時々ものすごいボケをぶちかましてくれたが。どんどん馴染 んでいった。 覚えるまで、という期限付だった筈だが、あたしとガウリイのコンビの仕事は、異 様に能率がいいらしい。上司曰く、『まるで頭の中が繋がってるみたいなテンポで話 と仕事が進んでいく』そうだ。 という事で、会社はあたしたちを組ませたがり、あたしたちは未だに相棒でいる。 あ、お茶っ葉、開いた。 こぽこぽ。かちゃかちゃ。 きい。ぱたん。すたすたすた。こと、こと。すとん。 「「頂きます♪」」 もくもく。あ、美味しいvvv あたしがケーキをぱくついてると、ガウリイが口を開いた。 「リナ、何食いたい?」 「ん〜〜。…なんか、今日って何処もカップルで混んでそうよねえ…」 「そういやさ、なんでイブに恋人と、っていう習慣なんだ、ここ?」 へ。 「ガウリイの国は違うの?」 「ああ、イブもクリスマスも、家族と過ごすもんだな。大体は」 「へえ。そりゃそうか、キリストの聖誕祭なんだもんね、本来。そういうもんよね え」 「さてと、それじゃどうするかな……あ」 「なに?なんかあるの?」 「何か買って、どっかで食う、ってのは?」 「どっかで、って…どこよ?」 「オレんち」 「は!?」 「だから、オレの家。マンション。近いし、一人だから、気兼ねはいらないぞ」 まて。なんだそれは。男の一人暮しのマンションに、気兼ねなく?行けるか普通? 「どうした?リナ。オレ、何か変な事言ったのか?」 首をかしげるガウリイ。 いやまて、こいつのことだし。なんにも考えてないなきっと。 食事だけ食事だけ。 「…いや、別に…じゃ、じゃあ、そうしよっか」 「んじゃ決定な♪」 会社を出て、カップルで溢れる通りを並んで歩く。 ガウリイのマンションへ行く途中で、2・3軒の店に寄り、食べたいものを買う。 勿論ガウリイの奢りだ。 あわせたら、結構な量になってしまった。…だって、おなかすいてたし。 歩きながら、疑問だった事をガウリイに聞いてみる。 「ガウリイってさ、こういう日って、国に帰りたいとか思わないの?家族いるでしょ ?」 「うーん…?あんまり思わないなあ」 「でも、ずっと帰ってないんじゃないの?」 「そうだなあ。まああっちも何も言ってこないし、いいんじゃないか?」 「そんなんでいいの?」 「いいの。ほら着いた」 ポケットから鍵を取り出して鍵を開け、ドアを開いてにっこり笑う。 「どうぞ」 あたしに、入るように示す。 内心どきっとしながらも、平静を装い、「部屋ってどこ?」と聞きながら入ってい くあたし。 「まっすぐいった部屋。あ、先行っててくれ」 「どうしたの?」 「いや、なんでもない」 見れば、エアメールを眺めている。 家族からの手紙か。そう思って先に行ったあたしには、ガウリイが呟くのが、聞こ えなかった。 「…家に帰るより、近い未来の家族と過ごすほうがいいな」 「ガウリイー?」 「ああ、今行くよリナ」 ぱたん。かちゃ。 次の日、ガウリイが『忘れ物だ』と手渡してくれたイヤリングを見て、あたしが 真っ赤になった理由は。 ……追求しないで欲しい…。 …深読み可です(笑) |