前 夜








冬の寒い北風が吹いている。
だがそれに似合わず町は活気づいている。
誰もがはしゃぎ、誰もが笑い、誰もが待ち焦がれるクリスマスという日。
それが近づいてきているのだ。
あたし達がいる町も例外ではない。
所狭しと飾りやらなんやらを町に飾り、店や宿屋はクリスマスセールなどと言って値
下げ競争が激しいやら。
まあこっちとしては偉くありがたい季節でもあるのだが……
正直言って、あたし、リナ=インバースは、最近このクリスマスという日が嫌いに
なった。正確に言うならば、クリスマスイブ、クリスマスの前日が。
「なぁリナ。」
あたしの連れのガウリイが声をかけてくる。
そう、こいつのせいなのだ。クリスマスイブが嫌いになったのは。
「なによガウリイ。」
「なんであんな赤いのとか緑のとかがいっぱいぶら下げられてて、赤い服着た白髭の
おっちゃんがでっかい袋もって走りまわってるんだ?」
……こいつわ………
「……ねえガウリイ……今日何日?」
「んーと、12月…23日。」
「んで。12月25日は何の日?ガウリイ?」
「……何の日だったけ?」
「少しは常識を身につけろぉっっ!!」
ぱしこぉぉぉぉんっっ
すかさずツッコミスリッパが閃く!
うん♪いい音♪♪
「あ・ん・た・わ!12月25日っていったらクリスマスしかないでしょーが!!ク
・リ・ス・マ・ス!あのサンタクロースとかいう赤い服着たおっさんが子供にプレゼ
ント配りにくるとかいう大嘘信じる子供が楽しみにする日!」
「おお、覚えてる覚えてる。」
ぽんっと手を打つガウリイ。
たっく……この男は………
はぁぁ……こんな男のせいでクリスマスイブが嫌いになるなんて…。
あたしもどうかしてるわ…。本当に…。
クリスマスイブ。
恋人達が一緒に過ごす日、とも言われるほどカップル達が盛り上がる日。
それがあたしにはどうしようもなくつらい。
あたしは……その……ガウリイのこと好きだから………。
あ〜〜もうっなんでこんなくらげ好きになったのよ!あたし!!
だからクリスマスイブで恋人達が溢れる町を彼と歩くのが…どうしても自分達の関係
を保護者と被保護者という関係をはっきりと意識してしまうから……嫌いになった。
この、クリスマスイブという日が。
「んでそのクリ……なんとかっていう日になんかあるのか?」
名前長けりゃ覚えられんのかあんたわ……
「なんか偉い人の誕生日だとか。それに乗じてお祭り騒ぎしようって話でしょ、きっ
と。だから前日はメチャクチャ盛りあがるわよ。もしかしたら当日よりも前日、クリ
スマスイブっていうんだけどその日の方が盛り上がってるかもね。誰が言いはじめた
かは知らないけど、なんかジンクスとかでクリスマスイブの夜にクリスマスツリーの
前で思いを告げたら好きな人と両想いになれるとか、何かそういう類の話がいっぱい
あってね。にしても、そんなんで幸せになれると思ってるのかしらね。ほんとに、そ
んな事あるはずないのにさ。」
「ふ〜〜ん……」
ガウリイ。あんた本当にわかっとんのか??
「でもよ。そういうのが、あってもいいんじゃないのか?」
「あたしはイヤよ。そんな他力本願な迷信なんか信じるのは。好きじゃないわ。」
「そうなのか……」
「どしたの?ガウリイ、なんか暗いよ?」
何かガウリイの顔が一瞬曇ったような気がして、あたしは尋ねた。
「いや、何でもない。あ…リナ、明日の朝から、ちょっと一人で買い物にいきたいん
だけど……いいか?」
「なんであたしに聞くのよ。あたしにはガウリイを束縛する権利なんか、ないでしょ
?」
そう。たとえ、ガウリイが保護者をやめたいといっても、あたしは彼が離れていくの
を止める権利などないのだ。
「いや、あの…たぶん夕方ぐらいには帰れるから、宿で待っててほしいんだが…。」
「………何で?」
「何ででも!」
「………?」
あたしはその日、ガウリイの意図がつかめないまま、その町の宿屋の床についた。

「じゃあ、いってくるから宿屋で待ってろよ。」
「はいはい、わかったわかった。」
こんな会話をしながら、ガウリイは一人で宿を出ていった。
にしても………
「あ〜〜〜暇だわ!」
そう、話し相手も何もいない場所で、一日近くぼーっとしてるなんて芸当、あたしに
できるわけがない。あたしの限界は、その日の昼過ぎまでだった。
「う〜〜ん……夕方、には……帰るってことだし……ま、まだ昼過ぎだし。少しの間
の散歩ぐらいは、いいよね。」
と一人で呟きながら、宿を出た。
クリスマスイブだからだろうか、カップルがやはり多い。
すごく、悲しく切ない気持ちになる。
「あ〜〜っもう!」
そんな想いをふりきるようにあたしはぶんぶん頭をふる。
と、視界に入ったのは長身で金髪の男。
―――ガウリイ。
声をかけそうになり、はたと気がつく。
ガウリイの横に女性がいる。
あたしとは似ても似つかないぐらい大人っぽく、背も高く、胸も大きい大人の女の
人。
その人はガウリイと何か話しながら歩いている。
あたし以外の女性が横に並んでいる。
どうして?
どうして一人で買い物なんて嘘、ついたの?
ねえ、もしかしてその人は恋人?
もしかして、今日宿屋に夕方待ってろって言ったのは…
その人のためにあたしと別れるなんていうためじゃ、ないよね??
根拠のない、暗い不安が、あたしの中で大きく膨れ上がっていく。
イヤ。そんなの。
イヤだよ。イヤ。
見たくない、そんなの見たくない!!
あたしはその場から踵を返して駆け出した。
似合いすぎる二人を、これ以上見ていたくなかった。
それが卑怯だってわかっていても。
あたしには現実をこれ以上直視なんてできなかったのだ。

人気のない公園。
何時間経っただろう。
夕日が赤く染まって、肌寒い風があたしに容赦なく吹きつける。
でもあたしはそれを不快だとは感じなかった。
冷たくなった体は…心まで冷やして苦痛な今の想いをなくしてくれる気がして。
何も感じなくなったら、どんなに楽だろう。
でも、胸の痛みは消えなかった。
「…………。」
日は落ちて、あたりは暗くなり、一番星が輝きはじめた。
ただあたしは、遠くの方で聞こえる人のざわめきに、ぼんやりと耳を傾けて、ただぼ
んやりと公園のベンチに座っていた。
近づいてきた人影にも気がつかずに。
ばさり
イキナリ体に服が投げつけられる。
「リナ。そんな格好じゃ風邪ひくだろ。」
金髪で長身の男。
―――ガウリイ。
「ほら。ちゃんと着ろって。今日は寒いんだからな。」
やっぱり保護者なのね。ガウリイは。
そういう言い草は、子供に言い聞かせるものだもの。
「別に、寒くなんかないから、いいわよ。」
あたしは静かな声で言って服をかえそうとする。
「嘘つけ。顔色悪いぞ。なんで宿屋で待ってなかったんだ?」
「………ガウリイは?」
「え?」
「ガウリイ、あたしと別れたいなら…はっきり言ってくれていいんだよ?」
「何言ってるんだよ?!イキナリ…!」
驚いた声で叫ぶガウリイ。
あたしは穏やかな声で続けた。
「今日ね、散歩してたらあたし見たの。ガウリイと並んでさ、綺麗な女の人が歩いて
た。一人で買い物っていったのにね。」
あたしは苦笑する。
「お前、見てたのか?」
ガウリイが驚いた顔で言う。
「やっぱりさ、そんなあたしに嘘言ってまでこそこそ他の人と付き合ったりしてほし
くないじゃない。それじゃあたしってガウリイの邪魔な鎖じゃない。」
ここから先は、言うのに躊躇った。
でも、彼から直接聞いてしまうよりは……自分で言った方が、楽だ。
息を整えて、静かに言った。
「………だから……別れよう、ガウリイ。」
「違う!!」
ガウリイが叫ぶ。
あまりの声の大きさに、あたしは彼のほうを向く。
「違う、俺は、あの人とはそういう関係じゃない。男の俺じゃわからないことだった
から…俺、昔このあたりには来たことがあって、その時知り合ったあの人にちょっと
相談に乗ってもらってただけなんだ。だから、誤解しないでくれ。」
「相談…?そんなのあたしに言えばよかったんじゃないの?」
「言えるわけないだろう。」
―――どうして?
そんな疑問を口にする前に、ガウリイはどこからともなく小さな箱を取り出し、あた
しに渡す。
「何?これ。」
「……お前さんへの、クリスマスプレゼント。まさか本人に聞くわけにもいけないだ
ろ。だから………」
あ、そうだったんだ……
全部あたしのため、だったの……
柄にもなく嘘ついたのも、全部……
あ〜あ。
何やってたんだろ。あたし。バカみたい。
あたしはガウリイに渡された箱に視線を移す。
思わず、笑みがこぼれそうになった。
「……開けてもいい?」
「おう。」
高鳴る胸であたしはその包みを開く。
そこには、ペアで輝く、銀色の指輪が二つ。
「が、がうりい!?これ……!」
「クリスマスプレゼント、と兼ねて……だけどな。お前、クリスマスイブにはいっぱ
いジンクスがあるっていってたけどな、この町にもそういうのがあるんだよ。イブの
日に、好きな奴に指輪を贈って、想いを伝えて…もし両想いになれたら、幸せになれ
るって。そりゃ、お前さんがこの手の話嫌いなのは知ってるし、俺もこれだけが成功
したらずっと幸せ、なんて都合のいいこと信じちゃいない、けどな。こんな時じゃな
いとキッカケがないからな…俺、勇気ないからこんな時じゃないと、言い出せなかっ
たんだ。保護者って言っといて卑怯だけど……俺はお前さんのこと、ずっと前から子
供としてなんか見てなかった。もし、お前さんが嫌じゃなかったら、それ受け取っ
て、俺と結婚してほしい。お前さんが、好きなんだ……」
「…返してくれっていっても、返してなんかやらないわよ。」
「リナ、それって……!」
ガウリイがパッと顔をあげる。
あたしは恥ずかしくなって真っ赤になってそっぽを向き、照れ隠しに叫んだ。
「そーよ!そういうことよ!!あんたもほとほと鈍感よね!あたしの気持ちにずーっ
と気がつかないなんて!あたしはずぅぅぅっと前からあんたのこと保護者としてなん
か見てないわよ!あたしは……!」
それからあたしは彼の耳もとで小さく言った。
「あたしは……あんたが好きなのよ。」
それからあたしは真っ赤な顔で思いきり笑って見せた。
ガウリイも笑顔で、あたしを思いっきり抱きしめた。

そしてそれから二人は手をつないで、公園を後にした。
幸せそうに恥ずかしそうに笑いあう二人の指には、銀色の指輪が輝いていた。






      
     〜〜おわり〜〜