Last　night

赤眼の魔王シャブラニグドゥ…ルークとの戦いの後。あたしは一つ、決めたことがあ る。 コツコツ 「ガウリイ、入っていい？」 冥王フィブリゾの戦いから、ずっとあたしの心にとどまっているもやもやしたどうし ようもなくやるせない思い。 ―――カレヲ、ウシナウカモシレナイ…… 「おう、鍵は開いてるぞ。」 ギィィ。 それは時が経つにつれて大きくなる。それが自分にもわかるから… 「相変わらず無用心ね〜。いくら剣は上手くったって脳味噌はゾンビとタメはれるぐ らいのくらげっぷりなんだからもう少し用心した方がいいんじゃない？そのうち泥棒 の区別もつかないぐらい退化するわよ。」 だから決めた。 ―――彼から…離れることを。 冥王フィブリゾとの戦いも、覇王グラウシェラーとの戦いも、ましてやシャブラニグ ドゥとの戦いなんてごく普通の生活を送っている人間とは縁のない話。まるで夢物語 だろう。だけど。それが現実にあったことは…そしてあたしが関係して起こったこと は紛れもない事実なのだ。 「…リナ……人を何だと思ってるんだ？」 そして、ガウリイがあたしのせいで光の剣を失ったり戦いにまきこまれたり、そして それによって彼の命が危うくなったことも、紛れもない現実。だから、だからこそ。 「脳味噌くらげの剣術バカ。」 今日を最後に。 「お前なぁ……」 彼から離れる。 本当は、冥王の戦いの時から、考えていたことではあった。 ―――もし彼の側にあたしがいなければ。 そう思ったことが何度もあったから。 ただ出た答えを実行する勇気が持てなくて、先延ばしにしてきただけであって。 幸い、光の剣にかわる剣も見つかった。彼の剣と腕なら、そこそこの相手でも彼一人 で大丈夫。あたしから離れれば魔族とのトラブルは絶対に近い確率で避けられる。 それに…… 「ねえ、ガウリイ。」 にんまりと、あたしは笑う。 「何だ？」 「コレなぁ〜んだ？」 言ってあたしは後ろに隠していた右手を前に出す。 「なにって…タダの果実酒………って、お前まだ１８だろ！？」 慌ててそれを取り上げようとするガウリイの手をかわし、するっと彼の部屋の椅子に 腰掛ける。 「リナっ！！」 「いいじゃない。ここらへんの特産品なんだって、コレ。美味しいって有名なんだか ら。」 ガウリイもあきらめたのか、溜め息をつき椅子とは反対側のベッドに腰掛ける。 「どうしたんだよ…それ。」 「宿屋のおばちゃんがくれたの。アルコール度数は低いからこれ一本ぐらいじゃ酔わ ないわよ。ねえ、一緒に飲まない？」 ガウリイはしばらく瞬きしていたが、しばらくするとあたしの顔をまじまじと見つめ て言った。 「珍しいな、お前さんのほうから誘うなんて。あとで金額請求したりしないよな？」 「しないって。一人で飲もうかなとも思ったんだけど、やっぱりお酒は人と飲まな きゃ楽しくないし。あたしもそんなに強い方でもないしね。だから自称保護者さんと でも飲もうかなーと思ってわざわざ部屋まできてあげたの。感謝しなさいよ。」 ウインク一つ。いつも通りに。 「ああ、ありがとな、リナ。」 屈託ない笑顔。あたしを信用しきっている笑顔。 それを見るたびいつも決心が揺らいで、先延ばしにしていたあたし。 卑怯だとわかってた。 でも。この優しい笑顔に、青い瞳に見つめられていたくて。 あたしは彼に見つめられるだけで胸の動悸が少し早まるのが何故なのかも。 それなのに安心できる気持ちになるのが何故なのかも。 昔はわからなかった。 そして最近、やっとその気持ちが何なのかがわかった。 あたしは、彼の事が………好き。 どうしようもないくらい、ガウリイが好き。 だけど。 彼にとってあたしは被保護者。 「……リナ？」 「え、あ、何？」 あたしは知らず知らずのうちに考え込んでいたらしい。ガウリイが心配そうな目であ たしの顔を覗きこむ。 「どうかしたのか？」 優しい瞳。失いたくないけど。ずっと傍にいたいけど。 「え、何でもないわよ？」 あたしは平然とした顔で言ってみせる。最近は上手くなった、無理して自然に振舞う のが。 ずっと彼の傍にいたい。 離れるのはつらい。 だけど。 被保護者としてしか見てもらえないんだったら。 彼にとっていつまでもあたしが子供なんだったら。 あたし、そっちの方が離れる事よりつらいから。 だから…彼を忘れるためにも離れようと思った。 （あたし、こんなマイナス思考だったかなぁ……） ガウリイをこれ以上危険にさらしたくない、という思いも。 好きだけど叶わないから、子供以上には見られないって断られるのが恐いから、何も しないであきらめる、という考えも。 昔のあたしだったら鼻で笑い飛ばしていただろう。 だけど今のあたしにはこれしかできない。 気付いていなかったから、現実じゃなかったから、笑えるという事も、あるのだ。 「それよりさ。飲も？」 あたしはどこからともなく二つのグラスを取り出す。 「どっからだしたんだよ、それ。」 呆れた顔で言うガウリイ。 「乙女には秘密がいっぱいあるのよ。はい。」 笑いながらあたしは彼にグラスの片方を差し出す。 「乙女って柄かよ。」 苦笑しながらそのグラスを受け取るガウリイ。 「言ったわね！」 「りりりりっリナっっ冗談だ！だから火炎球はやめろ！」 火炎球の呪文を唱えかけたあたしを彼は必死に止める。あたしはそれにしたがって呪 文詠唱を止める。 「まあ、あたし温厚だから許してあげるけど、今日は。でももし次、同じような事 言ったらドラグ・スレイブよ。わ・か・っ・た・わ・ね？」 「あ、ああ…わかった……」 心底ほっとしたような表情で溜め息をつくガウリイ。 いつも通りの会話。今日限りの。 「じゃあ、入れてあげるからそのグラス貸して。」 「ん。」 コポコポコポ 果実酒をグラスにそそぐ。それから… 「………。」 そのグラスに、薬を入れる。 眠り薬と呼ばれる薬。 これをガウリイが飲めば、彼は朝まで目覚めない。 その間にあたしはすでにまとめた荷物を持って、置手紙と宿代そしてガウリイ一人な ら一生楽に暮らしていけるだけの生活費を置いて、彼から距離をとる。 眠らせるだけならスリーピングでもよかったのだが、昔、盗賊いじめのとき同じ方法 を使って失敗した記憶があったから薬という方法で彼を眠らせることにしたのだ。 単に最後に彼と話をしたかっただけなのかもしれないが。 「はい。どうぞ。」 「さんきゅ。」 グラスを受け取る彼。そしてあたしは自分のグラスにも果実酒をそそいだ。 「さ、乾杯しましょ。」 「何か本格的だな。」 「何がどう本格的だっていうのよ。まあいいけど。」 「じゃあ…リナと俺とのこれからに……乾杯。」 カチャンッ 「………乾杯。」 『これから』。そんなものはもう今日で終わり。ガウリイはあたしの思いを知らずに 笑う。 あたしとガウリイはそろって果実酒に口をつける。視線はグラスに。これ以上彼の顔 を見ていたら未練が残りそうだったから。しばらく時が流れる。 ごく、ごく、ごくん。 ガウリイがグラスの果実酒を飲み干す。 ………あれ？ その時になってやっと。あたしはおかしいことに気がついた。 ガウリイのグラスに入れた薬は即効性だったハズ…普通ならグラスの半分ぐらい飲ん だくらいで眠くなるはずなのに…… ガウリイを見れば平然とした顔でこっちを見ている。 あたしは彼の顔を凝視する。眠そうな顔はしていないし、それどころかさっきより強 い眼差しをしているような気が…… 「どうしたんだ？リナ。人の顔をじろじろ見て。」 「え、ううん。別に……」 沈黙。 「なあ。リナ…」 ガウリイが突然話しかけてくる。 「な、なに？」 彼は見たことのないほど強い眼差しであたしを見つめて、言った。 「お前さん、どうして俺に眠り薬が効かないのか、とか思ってるだろ？」 「……っ！？」 あたしは息を飲む。どうしてガウリイが薬のことなんて…… 「……な……」 「『なんで…』か？お前さん、俺がプロの傭兵だってこと忘れてるだろ？お前が郷里 の姉ちゃんにしこまれたっていう毒の味とかの見分け方…傭兵になるための訓練で、 俺もしたんだよ。そのなかに眠り薬の味とかもあったし、それに耐える訓練もした。 もちろん魔道士対策にスリーピングの呪文に耐えるのとか、な。」 「…………。」 迂闊、だった。ガウリイがそんなことまでわかるなんて……思ってもいなかった。し かも魔道士対策にスリーピングに耐える訓練までしたなんて…… じゃあどうすれば…… 「……リナ、なんでこんなことしたんだ……？」 「ぼそぼそぼそ………」 あたしは呪文を唱え始める。もちろんスリーピングの呪文である。 「スリーピングは効かないって言って……」 「スリーピング！！」 あたしは聞く耳を持たずスリーピングをガウリイに向かって放つ。 「だから……っ…！？……な………んだ……？」 ドサッ ガウリイが床に倒れ伏す。スリーピングが効かないって言ったのは、たぶん嘘じゃな いんだろう。現に彼にはまだ意識がある。あたしの「増幅版」のスリーピングで。 「……ごめんね、ガウリイ。………サヨナラ。」 静かに別離の言葉を呟き、踵をかえす。 「…待…て……リナ……」 ぴくっ 肩が震える。 「………。」 でも溢れそうになる思いを押しこめて。 黙って、ドアに手をかけるあたし。 「リナッ！！」 ガウリイの悲痛な叫び声。 普通なら叫ぶことすらもできないほどの睡魔が襲っているはずなのに。 そんな声であたしを呼ばないで。 振り向いてしまう。でもここで振り向いたら終わりだ。 あたしはつらくて、下唇を噛み、苦悩をふりきるようにドアのノブを引こうとした。 そして。 背後で鈍いような音、言葉ではいいあらわせないくらい鈍い音がした。そしてあたし の足に生暖かい液体がかかる。 「………が……うりい！？」 ガウリイはあろうことか彼自身の腕にナイフをつきたてたのだ。 「ちょ…っ何してるのよ！」 「腕を刺した。」 「わかってるわよっそれぐらい！ちょっとじっとしときなさい！」 慌てて治癒の呪文を唱える。そして彼の傷が塞がっていく。 はぁ…… 思わず安心で溜め息が漏れる。 「あんたねぇ……いったい何を…やってんのよっ！どういうつもり！？」 あたしは思わずガウリイに向かって怒鳴る。 「『どういうつもり』！？お前こそどういうつもりだよ！！！」 するとガウリイはあたしを何倍も上回る音量で怒鳴りつけた。 びくんっ 思わず肩が震える。そして視線は床に。 「あ…悪い……怒鳴るつもりはなかったんだけどな……。」 彼は優しいいつもの声に戻っていた。彼はいつもはぐしゃっと髪を乱暴にかきまわす はずの手であたしの髪を優しく撫でる。 「……リナ……」 優しい声。でも何かいつもと違う…？ 「………？」 顔を上げると、彼の青い瞳が目の前にあった。 優しい瞳。だけど違う！いつもと違う！ 彼はあたしを見るときいつも、こんな…こんな愛しそうな瞳をしない！ 「はっ…離して！！」 ぱしんっ！ 戸惑いで、どうしたらいいのか分からなくなって。思わずあたしはガウリイの手をは ねのけていた。 何で…どうして保護者のくせに…保護者のくせにどうして……！ そんな顔してあたしをみるの！？そんな声であたしを呼ぶの！？ ガウリイはあたしの保護者で。 あたしはガウリイにとって被保護者なんでしょ！？ じゃあ何で！？ ガウリイがわからない！ 「リナッ！」 ガウリイのはねのけられた手があたしの腰に回って一気にあたしは抱きよせられる。 「……なっ……！？何すんのよ！離してっ！」 あたしの叫びを聞いているのかいないのかガウリイは強く、あたしを抱く。 「ガウリイっ！？」 「………どうしてだ……………」 「え？」 「どうして…こんなことしたんだ？俺のこと、嫌い…なのか？」 そんなことはない。絶対に。 あなたが好き、ずっとあなたの傍にいたい。 だけど。 あなたを私のせいで失うのは嫌。それに報われない恋はもう疲れたの、もうこの思い は終わりにしたいだけ…。そうしていつか何処かで出会っても。笑って久しぶりって 言えるように。今は離れて彼への思いを消し去りたいだけ。 「………そういうわけじゃないわよ。でも……そう、理由がないじゃない。一緒にい る理由が。」 「それは…俺、お前の保護者…だし、それに前にお前さんといるのに理由はいらな いっていっただろう？」 「それじゃあたしが納得いかないの。これで十分筋が通ってるはずよ。いい加減離し てよ。」 「嫌だ！！」 あたしを抱きしめたまま怒鳴る彼。 「離れるなんか……嫌だ。」 今度は口調を沈めて、でもしっかりと言い放つ。 「何で？何でよ。何であんたそんなにあたしと離れることを嫌がるっていうの？あた しと一緒にいて利点なんかないじゃない？ことあるごとにトラブルには巻き込まれる わ、死にかけるわ。それにあたしも保護してもらう年齢じゃないし。ほら、どこに腕 なんか刺すほど執着する意味があるっていうのよ！？？」 最後の方は悲鳴に近い声だった。 しばらく、ガウリイは黙っていた。 あたしを抱きしめるのをやめて。 じっとこっちを見て。 そして呟くように、低い声でいった。 聞いたこともない低い声で。 違う男の人と錯覚するほどに。 「お前に執着するのは…保護者とかそういう理由じゃない……。」 「じゃあ…何なのよ。あたしのことが危なっかしくて見てられない、とかだったら理 由になんないわよ。」 ガウリイは溜め息をついて。静かに言った。追い詰められて観念した犯人のように。 「……ある意味では。その通りだよ。お前さんを守りたい。」 「だから、それは保護者としてでしょ？」 「いや、そうじゃない…だから…その……今の俺は、もうお前を被保護者としては… 見てないから。だから俺はお前を保護者として守りたいんじゃなくて……『男』とし てリナを守りたいんだ。」 …………。 「男」として？ 「男」としてって…… ……え！？ 「ど、どういうこと！？」 心臓の音がおさまらずうわずった声で尋ねるあたし。 「……まったく…お前さんって奴は、本当に鈍いな。」 呆れ顔で呟く彼。 「はぐらかさないではっきり言ってよ！」 再び溜め息をつく彼。 「……だから俺は、お前に惚れてるっていうことだよ。」 思考が停止し、その意味が浸透するのに数秒かかった。 かぁぁぁぁぁぁぁぁぁ 思わず真っ赤になるあたし。 「わかったか？」 「わかったっていうか…その……いつから？」 「いつからって…最初から。自覚したのは少し後だけどな。そういえばこの前お前さ んが涙見せてくれたときなんかは不謹慎だけど嬉しかったな。お前さんどんなつらい ことあっても人前で、いや一人の時も泣いたりなんかしないだろ？だからなんでもっ と俺に頼ってくれないんだろってずっと思ってたから…だから俺の前で泣いてくれて 嬉しかった。最初は保護者のままでいいと思ってたけど、お前さんは俺の傍から離れ ようとするし…それに」 「それに？」 「お前さん年々綺麗になっていくんだもんな。町での視線、お前さんは気付いてな かったか、俺に向けてのもんだと勘違いしてたみたいだけど、あれ半分はお前さんに 向いてたんだぞ。俺、気が気じゃなかった。他の奴に取られたらどうしよう、とか な。好きだ、って何度もいいそうになった。」 ガウリイはあたしの事そういう風に見てたの？嘘、全然気付かなかった…。 「で、結局今になったわけなんだけど……その……返事は？」 若干脅えた感じで尋ねてくる彼。あたしは彼に尋ねかえす。 「いいの？本当にあたしでいいの？あたしなんかといたら命の保証なんてないのよ… ？」 それだけが今は恐い。ガウリイがあたしといて後悔しないかどうかが。 「ああ、いいよ……俺はリナだけがいれば……」 「ほんとうに？」 「ああ……。」 真っ直ぐに見つめてくる瞳。偽りのない真っ直ぐな瞳。 あたしは微笑し、息を吸って言う。 「じゃあいうわ。一回しか言わないから。」 「ああ。」 顔を引き締める彼。 「………あたしも…ガウリイが好き。」 小さく言った。聞こえるか聞こえないかぐらい小さく。だが、ガウリイの耳にはちゃ んと届いたようだ。 「本当………か？」 「性質の悪い冗談に聞こえる？」 「いいや。」 満足そうな笑みを浮かべる彼。 ガウリイが静かにあたしの頬に触れる。 そして静かに顔を近づけてくる。 が、途中でそれを止め、静かにあたしの顔を見つめる。 本当にいいのか、というような瞳で。 まったくこの男は…本当に乙女心のわかんない奴。 ま、そこがガウリイらしいんだけどね。 そんな事を思いあたしは苦笑する。 そして。 返事として、あたしは静かに目を閉じた。 〜〜〜ＦＩＮ〜〜〜