ぬ く も り |
「お休み、リナ」 「お休み、ガウリイ」 いつものようにリナと言葉を交わし自分の部屋へと戻る。 ベッドに横たわり目をつぶる。 やはり眠気は襲ってこない。 変わりに襲ってくるのは、焦燥感。 心臓を締め上げるほどの。 この一週間で付いた癖。 ベッドに座り剣を抱き片膝を立て、部屋の壁に寄りかかる。 リナのいる部屋の壁。 リナの気配を探る。 ───ちゃんといる。 自然と出たため息は、疲れと安堵が混じったもの。 ここ一週間の睡眠量を考えれば、そろそろ寝ておかないと身体が持たない。 頭では分かっているが、心が付いていかない。 壁に頭を付けて、天井を見上げた。 朝は遠いな・・・ 「リナちゃんと食べないと駄目だぞ」 「分かってるって」 「まだ、顔色が良くないな」 「んなことないって」 オレを安心させるようにパタパタと手を振るが、あのリナがここ数日食べる量が落ちている。 それに顔色も良くないし、ちょっとやせた気もする。 この間の事件の疲れを取ろうとこの町に滞在しているのだが、調子が良くなったなと思ったのは始めの2〜3日だけで、後は一向にリナの体調は戻らない。 とびきり食事のうまい店ばかりでは無かったが、それでもリナが暴れずに済む程度のレベルは保っていたし。 食欲減退の理由が分からない。 まさかオレに隠れて『盗賊いぢめ』でもと思ったが、一晩中起きているオレの目を盗むのはリナでも不可能だろう。 「今日も部屋でおとなしくしてるんだぞ」 「えーーーー」 「こんな顔色で何言ってるんだ、さっさと部屋で寝ろ」 「もう、大丈夫だってば」 オレの言葉にもリナは頑として首を振らない。 この強情張りが。 ま、アクティブなこいつに、何の目的もなく大人しくしてろと言うのは不可能か。 この町には「まどうしきょうかい」とか言うのも無いしな。 しかしリナの調子が戻らん事には、町を移ることも出来ないし・・・ 「ほんとーに、大丈夫だから。せめて、隣町に行こーよー」 よっぽど退屈なのが堪えているらしい。 うるうるとした瞳をして、おねだりのポーズ。 うーん。 オレってほんとリナには甘いよな。 とうとうオレが折れて、隣町に行くことにした。 だが楽しげに歩いていたのは始めだけで、案の定昼にもならないうちにリナのスピードが落ち始めた。 「だから言ったじゃないか。 さっきの町に帰るか?」 「やだ」 プルプルと首を振るリナ。 やれやれ。 「仕方ないな、少し休憩しよう」 「きゃっ」 暴れるリナを抱き上げて、街道を少し離れて木陰に移動する。 今日は少し暑いぐらいだが、木陰にいると風も吹いてちょうどいい。 「リナ」 って・・・ リナはもう、スースーと寝息を立てていた。 オレの腕の中だというのに、完全に睡眠モードだ。 いつもなら呪文の一つや二つ、そうでなければスリッパなど飛んできそうなもんだが。 ほんとに、こいつは・・・ でもオレもちょうどいい。 少し眠らしてもらおう。 リナをそっと抱え直し、楽な態勢を取らせる。 昨日の事が嘘のように、眠気が襲ってきた・・・・・・ ふと目が覚めると、腕の中には求めてやまないぬくもり。 リナはまだオレの肩にもたれかかる様にして、スヤスヤと寝ていた。 頬に掛かる髪を払って覗き込めば、顔色も少しましになっていたが、事件の前に比べるとやはり悪い。 空を見ると日はかなり落ちてきている。 少しの筈が、かなりの時間眠っていたらしい。 リナが先に目を覚まさなかったのは幸運だった。 そっとリナを抱き上げ歩き出す。 リナが目を覚ませば、呪文を食らうのは確実だったが、それぐらい別に構わない。 早く町に着いて、ゆっくり眠らせてやりたかった。 ───夜。 いつもの様に言葉を交わして、オレは部屋に滑り込む。 そしてまた、リナの気配を探りながらベッドで夜明けを待つ。 ここ一週間の日課。 身体は眠りを要求しているはずなのだが、頭は冴え渡っている。 理由は・・・はっきりしている。 オレは畏れているんだ ───リナから引き離されること。 ───リナに二度と会えないこと。 それがオレの恐怖。 あの戦いが終わった後、眠ろうとするとちらつくのだ。 金の闇が、リナを飲み込む姿が。 今までは、あの戦いまでは、考えたことが無かった。 リナがオレの前から消えるなんて。 あの光る闇の中でこの腕にリナを取り戻した。 でもあれは真実か? オレはまだあの混沌の中をリナを求めて走ってるんじゃないのか? 夢よりもあやふやな現実。 現実よりもリアルな夢。 今は? 夢か現実か? 夢も現実も分からないオレ。 ただリナだけが、オレを現実につなぎ止める楔。 不意にドアの向こうに人の気配。 間違えようのないリナの気配。 急に世界が現実に変わる。 「リナ?」 ドアの向こうに立ちつくしたまま、一向にノックをしないリナに声を掛ける。 「あの、入ってもいい?」 「カギはかかってないぞ」 がちゃり ドアを開けて入ってきたリナはパジャマ姿。 ───またこの娘は、こんな夜更けに、こんな姿でフラフラと・・・ リナの方はなにやら落ちつかなげに、あちらこちらに視線を彷徨わせている。 よっぽど言いにくい事らしい。 「リナ。どうした?」 少し水を向けてやる。 「あのね、ガウリイ」 パジャマの裾を握りしめて、上目使いに見上げてくる。 と、言っても期待してはいけない。 この娘はまったくお子様なのだ。 「ん?」 オレも保護者の顔でリナを見つめる。 いつも、はっきりものを言うリナが、ここまで言いにくい事ってなんだ? 盗賊いぢめならパジャマ姿ってのはおかしいし・・・ 「あのね・・・・・・今晩ここで寝てもいい??」 (しばらくお待ち下さい。) ・・・・・・・・・・えぇぇぇぇぇぇぇ?????!!!!! いやまさか、でも。 オレはいつでもOKだけど。 って違う・・・そーじゃなくて。 口を押さえ、赤くなったり青くなったりしているオレを見たリナが慌てて叫ぶ。 「違う違う。そーゆー意味じゃなくてぇ! ここの部屋で寝てもいいかって聞ーてるの!! 床でいいから!」 あー、ビックリした。 いくらなんでもおかしいと思ったんだ。 「そんなに困るんだったら、もーいい」 黙り込んでしまったオレに焦れたリナが、自分の部屋に帰ろうとする。 「わっ!ちょっと待てって。 どこで寝ようか考えてただけだって」 慌ててリナを宥める。 こっちも安眠がかかっているので必死だった。 「んじゃな、リナがベッドを使えよ。 オレが床で眠るから」 「だめよ。あたしの方が押しかけたんだから」 いつか交わした言葉、遙か昔に感じる。 あの時は二人とも床で眠ったっけ。 オレはあの時と変わってしまった。 ではリナは? ───相変わらず律儀で ───相変わらず強情っぱりで ───相変わらず鈍感で 「あのなー、女の子を床で寝かせて、オレがベッドに眠れるもんか。 あのな、一つ折衷案が在るんだが」 「却下」 「まだ何も言ってないぞ」 「ガウリイが言いそうなことぐらい分かってるわよ」 「えー、何がぁ。教えて、ボクわかんなーい」 「おひ」 「ま、冗談は置いといて」 ぽんぽん。 リナの頭をたたく。 「今日も調子悪かったんだろ。ちゃんとベッドで眠れ」 「う〜う〜う〜」 リナが頭を抱えて唸りをあげる。 「何もしないって約束するなら・・・ ───一緒に寝ていいよ」 始めは落ちつかなげにごそごそしていたリナだが、いつの間にかオレに背を向けると、身体を丸めるようにして眠っている。 寝付きがいいな。 やっぱりお子様だ。 それにしても、何故いきなりリナがこんな事を言い出したかわからん。 その手のお誘いでは無いようだし。 ま、いいか。 オレにとっちゃあ、傍らのぬくもりが全てだ。 それに考えるのはオレの仕事じゃ無いしな。 布団をかけ直してやろうとした拍子にリナの顔が見えた。 目尻から流れる透明な滴。 それは後から後から溢れて、枕にシミをつくる。 意地っ張りのこいつが涙を見せたことはない。 そのリナが泣くなんて・・・ 「・・ガ・・・・イ・・」 リナの口が小さく動く。 なんだ? 「・・・ガウリイ・・・」 「!!」 オレの、名前? リナは夢の中でオレの名を呼びながら、静かに涙を流し続ける。 胸を突かれる情景。 「ガウ・・・行っちゃやだ」 オレは思わずリナを抱きしめていた。 「リナ、オレならここに居るから」 「ガウリ・・・?」 うっすらと目を開いたリナは、まだ夢現(ゆめうつつ)。 「ここにいる?」 だからだろう。 正気のリナならこんなセリフ言うわけが無い。 ひねくれ者で、意地っ張りで、お人好しで、照れ屋で。 少しはオレを頼って欲しいのに。 「ああ、ここに。ずっとリナのそばにいる」 もう、二度と離れない。 心の中で誓う。 オレはリナを安心させるために「そばにいる」と繰り返しながら頭をゆっくりと撫でる。 やがてリナから安らかな寝息が聞こえ始める。 そんなリナを抱きしめて、オレも満ち足りた思いで眠りにつく。 このぬくもりがあれば、畏れるものなど、何もないから。 FIN ね、ねむれん。 そう、オレはすっかり忘れてたんだ。 寝る。食う。に続く人間の欲求を。 オレの腕の中では、リナがスヤスヤと眠っている。 すっかり安眠に味を占め、毎晩の様に枕を抱えてやってくる。 無邪気にしがみついてくるリナの胸や髪や吐息や・・・ ううっ、幸せだけど辛い。 ああっ、辛いけど手放せない。 オレの睡眠不足はとーぶん続くのだった。 |
晶様からの頂き物〜〜 初めてなのに、こぉぉんなに素晴らしい作品を送って下さったんですぅぅう!!!! くぅぅぅっガウリイよっファイト!!!!!(笑) 最後の葛藤…ふふっナマゴロシはいいっすねぇ!! |