天空の川 想いの橋 |
《番外編》 もうひとつの七夕 天の川の上に架かる光り輝く橋。 抱き合い、想いを伝え合う恋人たち。 「やれやれ、一時はどうなることかと思ったぜ」 そう言って男は天の川の辺にへたり込んだ。 「ったく、世話ばかり焼かせやがって。おかげでこっちはえらい苦労をしたじゃねぇか」 ゆっくりと橋が消えていく。それと共に橋の上の二人の姿も消えていった。 「あ〜〜ぁ、これで俺もお役ごめんだな」 首を回しながら大きく伸びをする。 「さて、と。俺の大事な大事な織姫は……」 天の川の上に光の橋が架かり対岸へと続いていく。男はその上を飛ぶように走っていった。 彼の織姫の元へ。 彼の織姫は天の川の辺に静かに佇んでいた。 「ミリーナ!!」 彼の声にゆっくりと振りかえる。銀の糸のような髪が微かな風に揺れた。 このまま彼女が消えてしまう、そんな思いに不意にかられて男は彼女に抱きつこうとし………かわされた。 「いきなり何をするんですかルーク」 「………いや、何だかミリーナが消えちまいそうに見えて………」 スライディング状態から顔だけを上げてミリーナに笑いかけるが、返ってきたのは冷ややかな視線のみ。 「やぁっっっと帰ったかあの二人。っとにどこに居ても騒ぎを起こす奴らだぜまったく」 「……そんな事言って、わざわざあの二人がここに招かれるように仕組んだのは、ルーク、貴方でしょう?」 ミリーナの一言にルークはニヤリと笑った。 「さすがミリーナ!愛する相手の事なら何でも分かるんだな!!」 「愛してなんかいませんが貴方の考えそうな事くらい分かります」 ミリーナの視線は氷よりも冷たかった。 「あの二人……特にリナさんに対して償いのつもりですか」 「…………………」 ルークは無言で川原の上に座りなおした。 「………リナ=インバースには嫌な役やらせちまったからな………」 思い出すのはすでに過去の出来事。 憎しみにかられ、何も見えなくなった自分の望みを感じとってくれた相手。何よりあの時の自分を止めてくれる相手として考えられたのはリナとガウリイだけだった。 魔王の記憶と知識の中には彼ら以外に自分に対抗できうる存在もあった。しかし名も知らぬ相手に全てを託すことは出来なかった。 それにあの二人なら、何があっても大丈夫だろうから。 迷惑をかけるのは分かっていた。でも止める事も出来なかった。 ……あの時の自分には、憎む事しか出来なくなっていたから。それ以外の感情は、すべて消え去ってしまったから。 「まさか、あのリナ=インバースが泣くなんて思いもしなかったしよ……」 「だから貴方は無神経だと言ってるんです。人がせっかく残した遺言まで無駄にしてくれましたし」 ルークは弾かれたようにミリーナを見上げた。じっと天の川を見詰める彼女の顔からは何の感情も読み取れなかった。 「………ミリーナの最期の言葉は覚えてた。けど………どうしても憎しみを捨てられなかったんだ。俺からミリーナを奪った世界が………」 そしてその憎しみは魂の奥底で眠っていた魔王を呼び起こした。 「………それで、あの二人にはちゃんと二人で一緒に生きていって欲しかったんでしょう?」 そう言ったミリーナはふわりと柔らかな微笑を浮かべた。 「でもあのままほっておいたらいつまでたっても進展しそうにないからちょっかいかけたくなった…」 「そーなんだよ!あいつらときたらこうやって見てるとまどろっこしくて仕方ねえ!お互い想い合ってるってのに何やってんだよ!!」 まるで自分の事の様に頭をかきむしるルークを微笑んでミリーナは見た。 自分が死んだ後、憎しみの虜となったルークの姿はとても見ていられなかったから。 だから、感謝した。彼女が―リナが彼の心を救ってくれたから。 けれどそのことが彼女自身にとってどれほど苦痛となるかも十分に分かっていた。一見乱暴な言動の影に誰よりも優しく繊細な心が隠されているかが分かっていたから。 他人に本心を明かして頼ることを良しとせず、どんな重荷も自分一人で背負っていこうとするリナがひどく危なっかしく見えたものだった。 けれどそれは余計な心配というもの。 リナには、彼女だけを見つめて彼女だけを支える相手がいるのだから。 ―――そう、私に彼が居てくれる様に。 ミリーナはルークに気づかれないように小さく微笑を浮かべて歩き出した。 「わっミリーナ!!置いてかないでくれよ!」 後ろでルークが慌てふためく声がする。 いつでも、ただひたすら自分一人を想ってくれる人。 ……もう、悲しい思いはしなくていいのでしょう? 普段ルークには見せない優しい微笑を浮かべてミリーナは天の川の川岸を歩いて行った。 ルークは、楽しそうに彼女の後を追った。 ――――これからも、一緒に居られますか? |