父の独白〜インバース氏の苦悩〜







 リナに男が出来た。


 初めてその噂を聞いた時、私はそれを笑い飛ばしたものだ。
「あの子に釣り合う男がいるわけない」と。


 それなのに。あぁそれなのにそれなのに。
 噂は消えなかった。
 あの子の噂話は、はっきり言ってあまり良いものではない。だが私としてはそれで良いと考えていた。
 あれだけ無茶ばかりしていれば男が寄り付く心配はないと思っていた。
 だがいつしか金の髪の剣士の話は、リナと切り離せないものになっていた。


 ローナとルナは、味方にはなってくれない。
 あいつらは実に楽しそうにその男の話をする。
 やれリナが見つけたにしては上出来だ、だの剣の腕はいいだの。
 私は認めない。
 リナはまだ子供だ。そんなのは早過ぎる!!
 確かにリナは何でもそつ無くこなす。家事だってその辺りのプロのメイド顔負けに完璧にこなす。買い物にしたっていかに安く新鮮な物を揃えるかを心得ている。
 この辺りの能力はルナとローナの教育の賜物だが。
 リナはいつ嫁に行っても困らない技能を持ち合わせている。それは私も認めよう。
 だが。
 男とつきあうのはまだ早い!
 まして結婚なんて、絶対に認めん!!認めんぞ!!!
 

 しかし。
 ………家に帰ってきたリナは、親の目から見ても綺麗になっていた。
 『女の子は恋をすると綺麗になる』なんて誰が言ったか知らないが、確かにそういう事もあるだろう。あの子の母ローナもそうだった。
 あの頃は………今はそんな事はどうでもいいのだ!!今はリナの事だ!!
 私は常々考えていたのだ。
 リナと親しくつきあいたい男は、まず私を倒してから交換日記から始めてもらう。
 私にすら勝てないような男にリナが守れるわけが無い。
 まぁ、交換日記をしたからといってリナをやるつもりは毛頭無いのだが。
 それなのに帰ってきたリナとあの男ときたら。
 なんなのだ。あの熟年夫婦のような雰囲気とやりとりは!!
 おまけに私の事を『お義父さん』だと!?
 私は息子を持った覚えは無い。ましてリナの伴侶として認めたわけでも無いのだ。
 ……分かっている。私が一番分の悪い戦いをしているのは。
 ローナとルナは、すでにあの男をリナの生涯の相手として認めてしまっているのだ。
 だがここで私が諦めてどうする!
 ここで諦めたならリナは確実にあの男の毒牙にかけられてしまう。それだけは、それだけは何としても防がねば……!!


 だが、一番の難敵はローナでもルナでもなかった。


「父ちゃんはガウリイが嫌い?」


 リナに悲しそうに問われて。
 どうして「そうだ」などと言えようか。
 それにあやつの剣の腕は確かに良かった。リナに心底惚れているのも分かったし何よりもあの子を大事にしてくれるだろう。
 私がいくら「まだ早い」と言っても無駄なのだろう。
 それに、もし万が一にも駆け落ちなんぞされたりしたら!!
 私が正式に結婚するのを許さなかったからだと妻と娘に責められるのが目に見えている。
 駆け落ちした先で結婚して、子供が出来たら……
 初孫は絶対に抱きたい。
 あの子の子供だ。男でも女でも可愛いに決まっている。
 ん?…………孫?
 孫が出来る〜子供が生まれる〜子供が出来るような行為がリナにされる。
 …………………
 ゆぅるぅせぇぇぇ〜〜〜ん!!
 …………………
 しかし、孫の顔は見たい。
 …………………
 おお、赤の竜神スィーフィードよ。私はどうすれば良いのでしょう。


「結婚を許せば良いだけでしょう?」


 しくしくしくしく…………


 良い天気だ。
 めでたい門出の日にふさわしい。
 ……もっとも、私の内心は大嵐だったが。
 招待客達がぞくぞくと集まる中、私は控え室でリナの支度が終わるのを待っていた。
 ……それにしても、結婚式があの聖王国セイルーンの大神殿でとは……
 まさかセイルーンの王族と親しくしているとは思わなかった。しかも、『公務が忙しくてゼフィーリアまで行けないので、セイルーンで結婚式しましょうよ。ね?』とは……
 王族とはよく分からないものだ。


 扉が開き、ルナが私を呼びに来た。
 花嫁の控え室に行くと、純白のウェディングドレスを身に着けたリナが私を待っていた。
 ………まさかこんなに早く、お前の花嫁姿を見る事になるとは思いもしなかったよ、リナ。
 ヴァージンロードを娘の手を引いて歩く。
 いつかこの日が来るとは知っていたが……
「いいかリナ。もし何かあったらいつでも帰って来て良いんだからな?無理なんて…」
 ここまで言ったらローナにおもいっきり抓られた。
「あ・な・た?」
「………はひ」
 仕方なく、リナの手を取る。
 薄いヴェール越しにリナの紅い瞳が見えた。
「……幸せにおなり。リナ」
 娘は無言で、しかし嬉しそうに頷いたのだった。


 ……式は滞り無く終わった。


 その夜。久し振りに妻と二人きりで過ごした。
 今頃はリナもあの男と二人きりで過ごしているのだろう………いかん、また腹が立ってきた。
 そんな私に気がついたのか、ローナがくすりと笑った。