被保護者でいさせてね







―――がしがしがしっ
「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!
 あのクラゲっっ!」
あたしは頭を掻きむしった。
それというのもあのクラゲが悪い。
だって―――


―――リーン…ゴーン…
鐘の音が鳴り響く……
目の前を花嫁さんが通る。
幼馴染みだったあたしの友人・リディアが。
たまたま「暑いから海水浴でも……」と立ち寄った村で、あたしはリディアと再
会した。
リディアはあたしが旅に出た1年後に両親を亡くし、親戚を頼ってこの村に来て
いたらしい。
そしてリディアに「私ね……明日結婚するの」と告げられて。
「故郷の人、誰もいないから心細かったんだ……ねぇリナ、式に参列してくれな
い?」と頼まれた。
あたしは笑って頷いた。
それが昨日の話。
今、彼女は幸せそうに微笑んで、父親役の叔父さんから彼へと引き渡される……
……いいなぁ……
あのウエディングドレスは、リディアのお手製だと聞いた。
「……私、不器用だから6月の花嫁に間に合わなかったの」
控え室でぺろっと舌を出しながら戯けてみせるリディアは故郷で別れた時のまま
で。
だけどすごく嬉しそうで―――
そんなリディアが少しだけ、羨ましかった……
だって……あたしの場合は……
ちらりと隣にいるやつを見ると

「―――嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

突然隣にいたガウリイが絶叫した。
―――すぱぱぱぱぱぱぱぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!!!!!
「おめでたい式の最中に何叫んでんのよっあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
控え室でスリッパ懐に入れといて正解だったわ。
まったく……
人がせっかく感傷に浸ろうとしてるってぇのに……
「リナっ!」
いきなりがしっと両肩を掴まれた。
「なっ…なによ……?」
珍しく真剣なガウリイの表情。どうしちゃったんだろ……?
「嫁になんかいくんじゃないっ!」
……はぁっ? 何を言ってるわけ? このクラゲは……
花嫁姿のリディアがビックリしてこっちを見てる。
……な・なんか恥ずかしいぞ、ものすごく……
「いっ…いい加減にせんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!
 頭冷やして来いっこのクラゲぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!
 氷結弾(フリーズ・ブリット)ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」
―――コキーン…
瞬く間にガウリイが氷漬けになった。自業自得よね。
「……まったく……
 せっかく好意で結婚式に招待されたってぇのに……」
周囲の視線は、もはや式の主役である新郎・新婦からあたしたちへと移っていた
のだった。
……参列者は花嫁さんより目立っちゃいけないってのに……
どうしてくれるのよ……この状況……

―――とりあえず、リディアの「暑いから涼しくしようとしてくれたのよね」と
いうフォローによって、式はなんとか進んだ。
……さすが幼馴染みだわ……こーゆー時の対処、すっごく慣れてるもんねぇ……
ま、そんなわけで式は続行され、今、リディアはお色直しの最中である。
……あとでお礼言っとこう……。
ガウリイは、というと……未だに氷漬けのまま。
う〜みゅ…ちょっとやりすぎたかなぁ……
それはそうと……
「ねぇ君……あっちに美味しいデザートがあるんだけど、僕と行かないかい?」
さっきからやたらと声をかけられるのだ。
鬱陶しいことこの上ない。やっぱし目立っちゃったからかなぁ……
こんな男についてく気なんてないんだけどなぁ……
「ミルサー料理もあるよ。なっ、行こうよ」
な・ん・で・すっ・てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?!?!?!?!?
「……行くわ♪」
前言撤回。
この男についてく気はないけど、ミルサー料理までの案内は必要よね♪
あたしは男についていこうとして―――
信じられない光景を目にした……
―――ピキ…パリン!
ガウリイを覆っていた氷が弾け跳んだのだ!!
……さてはガウリイのやつ……ミルサー料理につられたな?
あ、やだ…ちょっと……なんか目つきが怖いよ?
べ・別にあたしひとりで全部食べたりなんかしないって(焦)
ガウリイの分くらい、ちびーーーーっと残しといてあげるってば(滝汗)
だが。
何を思ったのかガウリイは、焦ってるあたしの腕を掴んで自分の方に引き寄せる
と、あろうことか抱き締めたのだ。このあたしを。
しかも―――
「リナは嫁にやらんっ!」
とか高らかに宣言する始末。
……をい……
周囲の視線がまたあたしたちに集まる。
ちょっと……なに? なんなのよ……?
一体何考えてんのよ……ガウリイ……?
……ん……あれ……そっか……「嫁にやらん」ってことは―――
つまり―――
―――バチーンっ!
あたしは思いっきりガウリイをビンタした……



その後は気まずかった。
さすがに式場には居づらくなって、あたしは途中で宿に帰ってしまったのだ。
ガウリイを置いて。
ま、宿の場所がわからなくなって迷子になられても困るから、例のクラゲを召喚
してガウリイと一緒にいるように頼んどいたけど。
そして。
あたしは部屋でひとりやるせない想いを抱えていた。
―――リナは嫁にやらんっ!
それって……思いっきし父親の心境だよね……
娘を嫁にやりたくないってやつ……。
「……潮時、なのかなぁ……」
どんなに頑張っても、ガウリイはあたしのこと、娘としか見てくれない。
一人の女性として、ううん。女の子としても見てくれてないんだ……。
ガウリイにとって、あたしは保護する対象の娘。
決して恋愛感情を抱くことのない、肉親としての愛情……
……残酷だよね。
あたしは世界とガウリイを天秤に掛けたことすらあるのに……
結局は片思い。
少し前までは「保護者」としてでも傍にいてくれればいいと思ってた。
だけど今は―――
―――コンコン
ノックの音に思考が中断される。
ドアを開けると、ウエディングドレスの友人の姿……
「なっ…???
 し・式はっ?」
「終わったわよ。今さっき」
……あ…途中で帰っちゃったから…心配させちゃったのかな……?
「……ごめん……急に帰っちゃって……」
「そうね。いきなり帰っちゃうなんて反則よ!
 なんのために私がリナを招待したのかわからないじゃないの……。
 私はねぇ、あんたにこれを渡そうと思って呼んだのよ」
そう言ったリディアの手には色鮮やかなブーケ。
「一目見てピンときたわ。
 好きなんでしょ? 一緒に旅してる……あの男性(ひと)のことが……」
「………………」
そう。好きよ……でも……
「あいつにとって、あたしはただの保護する対象のお子様よ。
 ……自分の娘みたいなもんだわ……」
そう。恋愛対象として見てはくれない……
「ね、リナ。本当にそうだと思ってる?」
リディアがじっとあたしを見ながら諭すように言ってくる。
「酒場に行ってごらんなさい。
 彼、すごく荒れてるみたいよ?」
えっ? ガウリイが荒れてる?
嘘でしょ……? ……なんで……?
「ホラ、さっさと行くっ!
 あんたはリナ=インバースでしょ?
 弱気になるなんて、らしくないわ。それに……」
―――ぱしっ
手に持っていたブーケをあたしに押しつけると、リディアは不敵な笑みを浮かべ
た。
「次はあなたよ。リナ!」
……そ・だね……弱気だなんてあたしらしくない!
「ごめん! ありがと!
 ……行ってくるわ」
たとえ玉砕しても、当たって砕けろよっ!
あたしもリディアに不敵な笑みを返す。
「それでこそ私の幼馴染みのリナ=インバースよ」
苦笑して見送ってくれる友人がいる。
そうよね。たとえ振られたって、「好き」って言っちゃえば、あいつの中であた
しは簡単に忘れられない存在くらいにはなれるかもしんないし……。
「このリナ=インバースを振ったりなんかしたら、
 一生後悔させてやるんだから!」
「頑張んなさい」

そして、あたしが決死の覚悟で酒場に向かおうとした時、外から声が聞こえてき
た。

「ああ〜違うんらぜるがりふ〜〜
 オレは『ガウリイの旦那』と呼ばれたいわけじゃないら。
 『リナの旦那』になりたいんら〜〜」

………………えっ………………?

「うおぉぉぉぉ…違うんだっっ!
 だからオレはリナの『旦那』になりたいんだってばゼル〜〜〜」

うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!?!?!?!?!?
―――ばふっ
体中の血という血が、一気に頭に押し寄せる……
「くくっ…あっはっはっはっはっはっ……
 よかったじゃないの、リナ。このブーケ、無駄になんなくて」
横でリディアが爆笑している。
だけど今のあたしにはそんなことに構ってる余裕はなかった。
……ガウリイが……あたしの『旦那』に…なりたい……って……?????
それって……要するに―――
―――ぐわたっ
薄れゆく意識の合間、あたしはなんだかすごく幸せだった―――



気がつくとベッドに寝てた。
陽が高いから、もう昼過ぎだろう。
「やっとお目覚め?
 ま、私も今来たんだけどね」
声がかかる。どこか笑いを含んだ感じの声。
「……リディア……?」
あれ……あたし……?
「あれから大変だったんだよ〜〜〜
 リナったら血液が頭で沸騰してぶっ倒れちゃうんだもん」
……へっ……?
「しかもすご〜〜〜く幸せそうな顔しちゃって♪
 も〜〜〜♪ やだよ、この娘はっ♪」
………………えっと…………………………あああぁぁぁぁぁっっ!?!?!?!?!?
おっ…思い出したっ!!
昨日…ガウリイが……ガウリイが……
―――しゅぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ……ぼふっ
「はいはい。
 赤くなるのは構わないけど、また倒れたりする前に海にでも行って
 頭冷やしといで♪」
「う゛っ…そうするわ……」
あたしは真っ赤な顔でふらつきながら海へ向かった。

とりあえず水着を買って、海に入る。
海水が火照った顔をじんわりと冷やしてくれて気持ちいい……
しばらく浸かっていたが、そのうち昨日のことがなんとなく気になってきた。
ガウリイに訊きたい。
訊いて確かめたい。
昨日言ってたのは何?
酔っぱらいの戯言?
それとも本心?
訊きたい。
知りたい。
逢いたい……
「水母召(ゼラス・ゴート)!」
―――ふぉ〜〜〜ん…
海面に巨大なクラゲが現れた。
昨日ガウリイと一緒にいたやつである。
とりあえずこいつの上に乗っかって、波間に漂う。
……結構乗り心地いいわ……(はぁと)
来てほしかったのは、こっちのクラゲじゃなかったんだけど。
知らず知らず口から言葉がすり抜ける……
「ねぇ…ガウリイの本心、聞いてない……?」
……やだ…あたし何言ってんだろ……
うわ……恥ずかし……っっ!!
―――かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…
再び顔に血液が集まる。
あたしはまた海に潜って顔を冷やそうとして―――
「―――ガウリイ……」
ガウリイがこっちに向かって来る。
ガウリイから瞳がそらせない。
不意に、昨日のガウリイの言葉が頭の中でリプレイする……
―――うおぉぉぉぉ…違うんだっっ!
   だからオレはリナの『旦那』になりたいんだ
どうしよう…まだ心の準備、できてないよ……
どんな顔して逢ったらいいの……?
うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっだめっまだ来ちゃだめ〜〜〜っっ!!!!!
頭の中がぐっちゃぐちゃに混乱してくる。
……どうしよう……
身体が勝手にガウリイから逃げ出そうとする。
「あっ……!?」
―――ばしゃんっ
あ・足つったっっ!?
いっ痛い痛い痛い痛い〜〜〜っ!
ガウリイが猛スピードで泳いでくる。
腕が掴まれる。
……まだだめっっ!!
どんな顔してあんたに逢ったらいいのかわかんないんだってばっ!
ガウリイの顔が近づいてくる―――
…………………………んっ…………
―――えっ……? 今のって……

気がつくと海から出ていた。
……さっきのって…さっきのって…………………キス……???
―――かあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁっ
やだっガウリイの顔、まともに見らんないっっ
逃げるようにガウリイから離れると、まだ引きつってる足で歩き出す。
ガウリイは黙ってついてくる―――

どれくらい歩いてたんだろう……なんとなく疲れてきた。
黙ってても仕方ないし。
あたしは意を決して口を開いた。
「……ねぇ…なんであんなことしたの……?」
やだな…声、震えてる……。
「……あたし、初めてだったんだよ……?」
キスしたの……。
そりゃ…前にガラスに映ったガウリイにはしたけどさ。
……ガウリイは知らないだろうけど。
「リナ」
誤魔化しの言葉なら、いらない。
本心が聞きたいの。
乙女のファースト・キスを奪っておいて、「人工呼吸」とか言ったら竜破斬(ド
ラグ・スレイブ)かましてやるんだからっ!
あたしがこっそり呪文を唱えようとした時、ガウリイから一番聞きたかった言葉
が聞こえた……
「……リナのこと、愛してるから」
……そっか……昨日のあれってガウリイの本心だったんだ……。
やっと言ってくれたね。
よし。あたしも素直になってやるか!
「……すまん……。
 そうだよな……リナにだって好きな奴くらいいるのにな……」
えっ…ちょっとなによ?
何ひとりで勝手に話進めてんのよ!?
……今のはちょっぴしいただけないぞ?
このリナちゃんがせっかく素直になったげよーとしてるってのに……
ふんっだっ!
いいわよ…あたしもちょびっといぢわるしてやるんだからっ!!
「……そうよね。
 あたし、好きな人……いるのにね……」
あ…ガウリイ固まってる……。
さてはガウリイ、自惚れてたわねっ!?
「……は…ははは……そう…だよな……」
くっ…この状況でも無理矢理笑うか!? こいつは……
まったく…「それは誰だ!? 連れてこい!」とか「リナは誰にも渡さん!」とか
何とか言えないわけ?
あくまでもあたしの気持ちを尊重してくれてるんだろうけど……
……どこまでもお人好しというか…なんというか……
ったく、しょーがないわね……
「そっ。
 ……今あたしの真後ろにね」
これくらいは教えてあげるわ。感謝しなさいよ、ガウリイ♪
……あ…鳩が豆鉄砲喰らったような顔してる……
こりは面白……いっ!?
「リナっ!」
ちょ・ちょっと! いきなし後ろから抱き締めないでよっ!!
「それってオレのことだよなっ!?」
……当たり前じゃない。
ほんっとにクラゲなんだからっ
「……他にあたしの真後ろに誰かいる?」
振り返ったあたしの顔は、きっと真っ赤だっただろう……。
ガウリイの腕が、痛いくらいあたしを抱き締める。
くすっ…あたしたち、今まで何やってたんだろうね……

ありっ? そう言えば……
「ね、ガウリイ……
 あたしを嫁にやんないとか言ってたけど……その……」
父親が娘を嫁にやりたくないってのじゃないんなら、なんであんなこと言ったん
だろう……?
あ・あたしは……一応お嫁にいきたかったりするんだけど……
「ああ。オレ以外の男にリナを嫁になんかやらん。
 リナはオレの嫁になるんだからな♪」
なっ…ななななななななななななななななななななななっっ!?
「ちょっ…そんな勝手に……」
「だ〜〜め。リナはオレが予約済み(はぁと)」
ちょっと待ちなさいよ……? 予約済みですってぇ〜〜〜?
あたしがあんたのお嫁さんになるなんて自信過剰じゃないのっ!
「なっ…ふ・ふ〜んだっいいもんっ!
 ガウリイなんかの言いなりになんかならないんだからっ!!
 あたしはねぇ…ガウリイなんか相手にされないよーな大金持ちと
 結婚してやるんだからっ」
あたしは決められた人生なんてごめんだわっ!
「ふ〜〜ん…別にいいぞ」
「なっ!?」
ちょ・ちょっとちょっと〜〜〜さっきまでと言ってることが矛盾してるわよっっ
!?
う・嘘だかんねっあたしガウリイ以外の人となんて……
「そうしたら花嫁強奪するから。オレ(はぁと)」
……うっ……なんか……からかわれてる気がする……けど……嬉しいかも……
「……ばか……」
「……リナ……」
ガウリイがあたしの前に回り込んで、両肩に手を置いて顔を近づけてくる―――
あたしは黙ってそっと目を閉じた―――


その後―――
さり気なく胸元に伸びてきたガウリイの手をぴしゃりと叩いて宿に戻った。
まったく…今まで人の胸のこと、散々ばかにしてくれたわけだし、あんな素振り
見せないで、このリナちゃんを不安にさせたんだから……簡単には許してあげな
いわよ?
ふっふっふっ…今までの『子供扱い』が、いかにあたしを傷つけてたか……
この際だから、じーーーっくり思い知ってね(はぁと)
……ちょっぴし怖かったりするからってのもあるけど。
今夜もあたしは自分の部屋に戻る。
「なぁ…リナぁ〜〜〜」
だめよ。もうちょっと待っててね。
「あたしを傷つけたくないから『保護者』になったんでしょ?」
……ごめんね…まだ、ちょっぴし怖いんだ……その先に進むのが……
「……ああ」
「だったら、あんたからもあたしを護りなさい。
 ……一生護ってくれるんでしょ?」
こう言えば、ガウリイは無理強いできないから……
だからもう少しだけ待っててね
もう少しだけ『被保護者』でいさせてね……
「ああ。一生護る。
 オレはお前の『保護者』だからな」
「じゃ、おやすみ♪」
作戦成功♪
―――ぱたん
ドアを閉める。
―――かちゃっ
鍵もかけてっと……お・や・す・みっガウリイ(はぁと)

結局、ガウリイはあたしの心の準備ができるまで待っててくれたのだった♪
……ごめんね…ガウリイ(はぁと)