「保護者」シリーズ(?)第3弾 『保護者を辞める気はないぞ』 |
―――カラン… グラスの中で氷が軽く音を立てる。 「マスター! もう一杯」 店の親父はオレのグラスになみなみと琥珀色の液体を注ぐ。 オレは荒れていた。 何故なら――― ―――リーン…ゴーン… 鐘の音が鳴り響く…… 「ねぇガウリイ……」 目の前には幸せそうに微笑みかけるリナ。 「あたし…今すごく幸せ……」 純白のウエディングドレスに身を包み、恥ずかしそうに頬を染めるリナ。 ……ものすごく綺麗だ……眩しいくらい…… 「……さ、行きましょ!」 リナは切なげな表情でオレの腕をとり、教会へと歩きだす。 オレもリナをエスコートしながら、幸せを噛み締めて教会の……神父の許へと進 む……。 ―――だが――― オレたちと神父の間に一人の男。 白いタキシードを身に纏った男が…… 「綺麗だよ、リナ……」 何なんだよ? この男は!? 「ほらガウリイ、早くっ!」 ……へっ? 「もぉっ! だから父親は教会で新郎に新婦を引き渡すんだって教えたじゃないっ!!」 ……はっ!? 「だ・か・らっ早く彼にあたしを引き渡すのっ!」 ……なんだって……??? リナを引き渡す……? オレが……??? 「だぁぁぁっっ!!!!! 今まであたしの『保護者』してくれたお礼に 父親役、あんたにやらせてあげるってことになってたでしょっ!?」 ……父親、役……????? リナは呆然とするオレの横をすり抜け、男の許へ走り寄る――― 「……ガウリイさん、でしたよね? 今まで…本当にありがとうございました。 貴方のお陰で、リナに悪い虫が付かずに済みましたよ」 ………………………………嘘…だ…よ……な……………………………………? 「……ガウリイ…… 今まで……ありがと…ね……」 何…言っ…て……だ……よ………リナ……悪い冗談はよせよ……? 「これからは彼と幸せになるから…… ……ありがと……さよなら……『保護者』さん……」 「―――嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」 ―――すぱぱぱぱぱぱぱぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!!!!! 「おめでたい式の最中に何叫んでんのよっあんたはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」 ……へっ? おめでたい式??? リナと他の男の結婚式がめでたい、だと……? そんなわけあるかっ!!!!! 「リナっ!」 がしっとリナの華奢な両肩を掴む。 「なっ…なによ……?」 真剣なオレの表情に戸惑いをみせるリナ。 「嫁になんかいくんじゃないっ!」 オレ以外の男の許に嫁になんかいかせてたまるかよっっ!!!!! 「いっ…いい加減にせんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!! 頭冷やして来いっこのクラゲぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!! 氷結弾(フリーズ・ブリット)ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!」 ―――コキーン… 「……まったく…… せっかく結婚式に招待されたってぇのに……」 氷漬けになりながら、オレは、今更ながらリナの衣装がウエディングドレスでは ないことに気付いたのだった…… ―――その後、たまたま立ち寄ったこの村で、リナが幼馴染みと偶然出会い、丁 度その人の結婚式だってことで式に参列することになった……というのを思い出 した。 だが。 氷漬けになってオレが身動き取れないのを見るやいなや、リナの周りに男が群が ってきた時、更にリナがその男たちに無防備についていきそうになった時――― オレの中で何かが弾けた。 ―――リナに近寄るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!! ありったけの気力を振り絞る。 ―――ピキ…パリン! オレを覆っていた氷が弾け跳ぶ!! 今のオレの想いはただひとつ! ―――リナに触るな見るな近寄るなっ!!!!! 日頃隠していた男のオレが顔を出す。 どす黒いオーラを放ち、男たちを睨みつける。 リナの腕を掴んで引き寄せオレの腕に抱き締めると、オレは男たちに宣言した。 「リナは嫁にやらんっ!」 そう。お前らなんかにリナはやらん!! リナを抱く腕に力を込めようとした時――― ―――バチーンっ! オレの左頬にリナのビンタが炸裂した…… ―――カラン… グラスの中で再び氷が軽く音を立てる。 海辺の村だからか、塩の香りが鼻孔をくすぐる。 「マスター……もう一杯っ!」 だが、酒を注いだのはマスターではなかった。 いや、人間でもない。 「……お前……」 クラゲだった。 それもただのクラゲじゃない。 オレにとっては掛け替えのない同志であり、親友であるクラゲだ。 ―――ふぉよんふぉよ〜ん… ヤツがオレの肩を軽く叩く。 その瞬間、オレはヤツの傘を握り締めた――― 「……やっぱりルークみたいに『愛してる』と言うべきだったのか……?」 もう何杯飲んだのだろう…… オレはヤツに日頃思ってることをぶちまけた。 酒場の連中がオレたちを遠巻きにして見ているが、そんなことオレにはどうだっ てよかった。 「……けどそんなことしてみろ? 間違いなく次の瞬間、竜破斬(ドラグ・スレイブ)だぞ? だいたい今まで『保護者』だなんて名乗ってたやつに、 いきなり口説かれたらどう思う? 普通『犯罪だ』とか『裏切られた』とか思うだろ?」 クラゲは首…もとい、傘を振って聞いている。 「……オレはリナを傷つけたくないから『保護者』になったんだ。 けどな……」 いつの間にかそれが枷となっていた。 いつの間にかそれが重荷になっていた。 男のオレが囁く。 ―――リナを「自分のモノにしろ」と――― 『保護者』のオレが叫ぶ。 ―――リナを「傷つけたりするな」と――― 相反する二つの感情。 どっちも自分の本心で、どっちも偽りの心。 『保護者』という枷を嵌めて理性を押さえ込み、 『保護者』という仮面を被って自分を偽る……。 ―――すべては『リナ』のため。ただそれだけ――― 「……どうしろっていうんだよ……」 呟く言葉は泡のように消えていく。 本当はひどく簡単なことなのかもしれない。 リナにたった一言「愛してる」と言えばいい。 だが…… リナに拒絶されたら……? そう思うと先に進めない。 拒絶されたら、オレはきっと自分を押さえられない。押さえる自信がない。 泣いて嫌がるリナの服を裂き、その白い肌に己の証を刻み込み、貪るように引き 裂いてもなお、リナを求め続けるだろう……。 けれど…… ひょっとしたらリナもオレを……と思うこともある。 何気なく装って、わざと耳元で囁けば、潤む瞳。 時々見せる赤く恥じらった表情。 そして―――山小屋でのガラスに写ったオレへのキス…… あれは助けたお礼だったのか? それとも……期待してもいいのか? 「愛してる」と告げるべきか、告げずに見守るべきか…… たった一人の少女相手に、いや、リナが相手だからこそ弱気になる自分にやりき れなくなって、ボトルを掴み、グラスに酒を注ぐ。 クラゲは黙ってオレの話を聞いていた――― 懐かしい友が話しかけてくる。 ―――ガウリイの旦那も大変だな…… ああっ違うんだゼルガディス。 オレは「ガウリイの旦那」と呼ばれたいわけじゃない。 「リナの旦那」になりたいんだ。 「うおぉぉぉぉ…違うんだっっ! だからオレはリナの『旦那』になりたいんだってばゼル〜〜〜」 ―――んぁっ!? 自分の声にはっとする。 どうやら少し飲み過ぎたようだ……。 気がつけば、オレはクラゲに背負われて宿に向かっていた。 酔いつぶれたオレを運んでくれているらしい……。 酔いつぶれて眠るほど飲んだのなんて、何年振りだぁ? 「……すまん。もういいぞ……」 とりあえず自分で歩こうとするが、脚がもつれて上手く歩けない。 ―――ぷぉんぷぉん… 首…いや、傘を振って、ヤツはオレを背負ったまま宿の中に進む。 「……悪いな、クーちゃん」 なんとなく親しみを込めてそう呼んで、オレは再び眠りについた…… ―――リナに想いを告げる覚悟を決めて――― 目覚めは決して不快なものではなかった。 ……夕方になってはいたが。 オレは意を決してリナの部屋をノックす……あれ? リナがいない!?!?!? 慌てて食堂に向かうが、リナはいなかった。 リナの部屋に戻ってみても、荷物はある。 オレを置いて先に行っちまったわけではなさそうだ。 もう一度食堂に行くと、女将さんがリナが海に行ったと教えてくれた。 礼を言って海へ走る。 リナは――― いた。 大人びた黒いビキニが透けるような白い肌を一際引き立てている。 波と戯れるその姿にドキッとする。 クーちゃんに乗ってぷかぷかと波に浮かんで遊んでいるリナを見て、まだまだ子 供だと自分に言い聞かせ、ゆっくりとリナの許へと歩き出す。 ……オレは…本当はまだ、リナに子供でいてほしいのかもな……。 そうすれば、一緒にいられるからな。 いや、リナに子供だと言い聞かせて、自分はまだ子供だと他の男より『保護者』 と共にいるように仕向けているのか…… オレは海へ入る。 リナがオレに気付いてその場に止まる。 驚きに見開かれる瞳。 リナから視線がそらせない。 オレとリナの視線が絡まる。 オレは無言でリナに近づく。 リナは怒っているのかオレから逃げようと方向転換し――― ―――ばしゃんっ 溺れた。 慌てて泳ぎ、リナを救出する。 オレがリナの腕を掴むのを見ると、クーちゃんは気を利かせて去っていった。 水中でオレの腕から逃れようと必死に藻掻くリナにオレはそっと口づけた――― 突然のことに驚いたのか、大人しくなったリナを浜辺まで連れて行った。 海からあがると、リナは逃げるようにオレから離れて歩き出した。 オレは口を開きかけて……何も言えなかった。 夕陽に照らされたリナの背中が、怒っているように見えて――― しばらく歩いていると、リナがぽつりと言った。 「……ねぇ…なんであんなことしたの……?」 その声は痛いほど震えていて、オレは――― 「……あたし、初めてだったんだよ……?」 「リナ」 一瞬「人工呼吸だ」と誤魔化してしまおうかとも思った。 いつものように二人で笑っていられるように――― けど。 指が食い込むくらい拳を握り締め、オレは口を開く。 全身が心臓になったかのように落ち着かない。 「……リナのこと、愛してるから」 もう後戻りはできない。 だが。 拒絶の言葉が聞きたくなくて、オレは誤魔化すように言葉を繋いだ。 「……すまん……。 そうだよな……リナにだって好きな奴くらいいるのにな……」 リナからの拒絶の言葉が聞きたくないからと逃げ出そうとしている卑怯なオレ。 言うだけ言って、答えを聞かない狡くて、どうしようもなく臆病なオレ。 リナに言われたんじゃなければ、少なくとも記憶の中で、妄想の中ではリナがオ レを受け入れてくれる。 夢を見れる。 だけど。 リナの口からそれを聞いてしまったら、オレは――― 「……そうよね。 あたし、好きな人……いるのにね……」 ―――カッシャーン… 全身が粉々に砕け散ったような気がした。 体中の血という血が凍り付く。 「……は…ははは……そう…だよな……」 リナがオレなんか相手にするわけないよな……傭兵あがりのこのオレなんか…… 本当はちょっと…自惚れて…た…んだ…けど……な…… オレの理性がここから立ち去るように警告を鳴らす。 オレはそれに従い、踵を返した。 これ以上いたら、リナに無理矢理襲いかかりそうだったから…… 「そっ。 ……今あたしの真後ろにね」 ―――へっ? ふいにリナから投げかけられた言葉に、オレは呆然と立ちつくす。 言葉の意味がわからない。 リナの真後ろにいるのは――― 振り返るとリナの背中。 ってことは……真後ろって――― 「リナっ!」 オレはリナを後ろから抱き締める。 「それってオレのことだよなっ!?」 「……他にあたしの真後ろに誰かいる?」 そう言って振り返ったリナは、夕陽より真っ赤な顔だったが、強気な瞳をオレに 向けてきた。 それが堪らなく愛しくて、オレはリナを抱く腕に力を込める。 リナは黙って腕の中に抱かれていたが、やがてぼそっと言った。 「ね、ガウリイ…… あたしを嫁にやんないとか言ってたけど……その……」 言いづらいのか、言い淀むリナ。 なんとなくそれが可愛くて、少しいじわるしたくなる。 「ああ。オレ以外の男にリナを嫁になんかやらん。 リナはオレの嫁になるんだからな♪」 こう言えばきっとリナは反発する。 人に決められるのが嫌いだもんなぁ〜〜リナは(はぁと) 「ちょっ…そんな勝手に……」 案の定、文句を言うリナに一言。 「だ〜〜め。リナはオレが予約済み(はぁと)」 「なっ…ふ・ふ〜んだっいいもんっ! ガウリイなんかの言いなりになんかならないんだからっ!! あたしはねぇ…ガウリイなんか相手にされないよーな大金持ちと 結婚してやるんだからっ! そしたら『保護者』として父親役くらいはさせてあげるわよっ」 くっくっくっ…照れ隠しにそんなこと言っちゃって。 「ふ〜〜ん…別にいいぞ」 「なっ!?」 おおっ焦ってる焦ってる(笑)。 「そうしたら花嫁強奪するから。オレ(はぁと)」 「……ばか……」 くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっ…可愛い(超特大はぁとv) 「……リナ……」 オレはリナの前に回り込み、華奢な肩に手を置いて顔を近づけた――― リナは真っ赤な顔をしていたが、抵抗しなかった――― だ・がっ! そこから先は許してくれなかった(涙) 「今まであれだけ『子供扱い』してたのに、急に告白なんてされたって 信じられるわけないじゃない」 ……と、リナは言うが…… オレは「リナはまだ子供だ」と自分に言い聞かせることで理性の均衡を保ってい たんだぞ? その努力はいったい何だったんだ……? 心の中で葛藤するオレをよそに、今夜もリナは自分の部屋に戻る。 「なぁ…リナぁ〜〜〜」 「あたしを傷つけたくないから『保護者』になったんでしょ?」 「……ああ。お前さんの『保護者』を辞める気はないぞ」 前とは少し意味合いは違うけどな。 「だったら、あんたからもあたしを護りなさい。 ……一生護ってくれるんでしょ?」 「ああ。一生護る。 オレはお前の『保護者』だからな」 「じゃ、おやすみ♪」 ―――ぱたん 無情にもドアが閉まる。 オレのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(血涙) ―――かちゃっ かっ…鍵までっっ(号泣) 結局、惚れた弱みで無理強いできず…… オレが現状を脱出できたのは、リナと結婚した……その後のことだった(涙) |