釣り糸の先に臨むもの |
あたしは今、大物を狙ってる。 とびっきりの、大物を。 自慢じゃないが、釣りの腕には自信がある。 小さい頃、郷里のとーちゃんと一緒によく釣りをしてたのだ。 その時にみっちりと仕込まれてる。 ―――いいか。釣りってえのはな。 獲物が食いついてきたからって焦って引いちゃいけねえんだ。 釣り針が引っかかって、どう足掻いても逃げらんなくなるまでは 決して油断するんじゃねえぞ。 とーちゃんに教わったことを、きちんと守って。 「もういいかな?」って思っても、焦らずゆっくり落ち着いて。 しっかりと食いついて、逃げられなくなるまで待ってるんだけど。 でも向こうもなかなかしぶとくて。 食いつくかと思えば、するりとかわす。 いっそ釣らずに立ち去っちゃおうかとも思ったこともあったけど。 諦めらんなかった。 こいつだけは譲れない。 あたしが絶対釣ってやる! だけどこいつには絶対、入れ食いの呪文だけは使わない。 これはあたしとあいつの真剣勝負。 卑怯な真似はしたくないの。 だからあたしの全力を懸けて勝負を挑むわ。 絶対、逃がさないんだから! あたしが狙ってるのはあいつ。 金色の、蒼い瞳の大きなクラゲ。 さすがに普通の魚とは勝手が違うわね。 「かかったっ!」と思っても、のらりくらりとすぐかわすんだから。 あたしがあんたに釣糸を垂らして何年経ったと思ってんの? いい加減、引っかかりなさいよ。 だけどこの頃…… 少しだけ、気が付いたことがあるの。 あんたがあたしを見つめる視線よ。 いつもの優しい、のほほ~んとした瞳に時折、狂おしいほど熱く切ない瞳が見え 隠れしてる。 ようやくあたしの釣り針に食いついてきたみたいね。 でも、当たり前よね。 だって餌は、このあたしの魅力だもん。 そこら辺の小物なら、一発でノック・アウト間違いなし。 なのに3年も粘るなんて、あんたってばなかなかやるじゃない。 それとも3年もこのあたしの魅力に気付かなかったっていうの? ふっふっふっ……まさかねぇ~~~? 「なぁリナ……」 くいくいっと髪の毛が引っ張られる。 まるで魚が釣糸を引っ張るように。 けどね。 あたしはまだ、釣り竿を動かさないわ。 釣りに焦りは禁物なの。 あんたってば食い意地張ってるから……まだまだだめよ。 どんなに足掻いても逃げらんなくなるまで、あたしは応えないから。 あんたから、ある言葉を聞かない限り、あたしは絶対応えない。 焦って引っ張って、「釣れた!」と思った瞬間に逃げられて…… 「逃がした魚は大きかった」なんてことにはなりたくないもん。 ……もっともあんたは「魚」じゃなくて「クラゲ」だけどね。 ねぇ…… あたしの実家に行きたいって、本当はどんな意味で言ったのよ? 本当にブドウが食べたかっただけ? それとも、あんなことがあって落ち込んでたあたしを気遣って言ったの? ―――それとも――― ……期待して、いいの……? ねぇ…… ……ま、いっか……。 郷里に帰ったら、とーちゃんにもう少し釣りの極意とか教えてもらって作戦練り 直してみるわ。 もっとも、いくらとーちゃんでも「クラゲの一本釣り」なんて、やったことない だろうけどね。 それに、郷里に帰ったらひとつ、興味のあることがあるの。 本物の「保護者」を前に、自称「保護者」が何を言うつもりなのか。 これって興味あるじゃない? いつもみたいに「オレはこいつの保護者だ」なんて自己紹介は通じないわよ? どうしてあたしと一緒に旅してるのか、あんたにとってあたしの存在って何なの か、きっちり白状してもらいますからね♪ おや? あたしの郷里が近づくにつれて、何だか落ち着かなくなってるみたいね? 何か必死に考えてるでしょ? クラゲのくせに。 ふいに風が運んだ呟き。 あたしに気付かれないように呟かれた言葉。 エルフ並とまで称されたあたしの耳に届いちゃったけど、聞かなかったことにす るわ。 ……嬉しかったけど。 だけどそれってちょっと違うんじゃない? 家族の前でいきなりなんて許さない。 順番ってもんがあるでしょう? あんたに釣糸を垂らしてるのはあたしなのよ? そのあたしを無視していきなり人ん家の食卓に並ぼうだなんて、認めないんだか ら! あたしはまだ、あんたを釣ってないの。 あんたはまだ、あたしに言ってくれてないでしょ? あんたがあたしの家族に何か言うのはその後よ。 ……じゃなきゃ、あたしは応えてあげない。 もうすぐあたしの郷里に着く。 あたしの垂らした釣糸が、軽く引いてる。 まだまだ引きが甘いけど。 確かに餌に食いついてる。 だけどどんなに足掻いても逃げらんなくなるまで、 あんたがあたしにある言葉を言ってくれるまで…… あたしは応えない。釣り上げてやんない。 けどね。 あたし、決めてんの。 あんたはあたしが絶対釣ってやるんだって、ね☆ ―――ゼフィーリアまで、あと10日――― end. |